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『 Lost Nightmare 』零の章---03



どんなに洗い流そうとしても生暖かい血液のとろりとした感触は消えない。
頭上にあるシャワーヘッドをぼんやりと眺めながら、レイは全身を這う断罪の蛇に諦めに似た溜息を吐く。
汚れている、何もかも。

不意にあのガラス細工の少女が瞼の裏に浮かんだ。





彼女と出会ったのは、血の十字架(ブラッディクロス)に拾われ、一通りの実験と身体改造と戦闘訓練を終えた頃、闇人形(ダークドール)として生まれ変わった頃のこと。
レイはカオスに連れられて、初めて組織の中心部に足を踏み入れた。

中央管理室、医務室、訓練場、武器庫、実験室…暗殺専門の組織のわりにあまりにも施設が整っていたので驚いたのを覚えている。
そして最後に訪れたのが聖母の部屋だった。


「レイ、よく見ておけ。彼女がお前たちの聖母(マザー)だ」


どこか恍惚として見上げるカオスが指し示した先には、


「う……っ!」


巨大な水槽の中に沈み眠る少女。
何十本ものコードが彼女の胸や腕、足などに突き刺さり、呼吸器を咥えさせられていてこぽこぽ、ごぽっと不規則に気泡が漏れている。
そしてその下腹部には厳しい機械が埋め込まれるように突き刺さっていた。

レイは反射的に手で口を押さえ、込み上げる吐き気をなんとかやり過ごす。
もう幾百もの解剖体を見飽きたぐらいだというのに、生きているからこそ彼女の姿は美しく残酷でむごすぎた。
蹲るレイにくつくつと満足げに笑ったカオスは、水槽の透明な壁に手を突いて少女を鑑賞する。


「美しいだろう…?この星で最も長い命を与えられた種族の最後の生き残りだ。神に愛される娘。」


夢でも語るような目をして語る男に、レイは初めて戦慄というものを理解した気がした。
男は銀髪を翻してなおも語る。


「彼女の遺伝子を埋め込んだ人間は高い治癒力を持つ。お前たち闇人形が獣の遺伝子を埋め込まれても、身体がそれに耐えられるのは彼女のおかげというわけだ」


自分の体に施された改造のからくりに、納まったはずの吐き気がまた込み上げてきた。
彼女は昏々と眠り続けている。


「彼女の名はマリアという。…良い名だろう?」


暗殺専門の改造人間部隊“闇人形(ダークドール)”の聖母。


「………あぁ。悪趣味だな」


カオスの火傷しそうなくらい冷たい笑みにレイは苦々しげに吐き捨てた。







次に彼女に会ったのは、初めての任務を終えた直後だった。
彼女は外界を監視するモニターの前にたたずんで、静かに両手を組み合わせていた。
レイは少なからず驚いた。
彼女はあの水槽の中で今でも苦痛と眠りに沈んでいるはずだったからだ。


「お前は……なぜ…?」


口をついて出たつぶやきに、彼女が振り返った。 その拍子に、彼女の体が幽体のように透けてブレた。


「貴方がレイね。この姿では初めまして、マリアです。」


彼女は紫水晶の大きな瞳でこちらを見つめた。


「…ホログラム…?」


精神体を幻のように具現化する装置。
そう問うと、彼女は寂しげに微笑んだ。


「…人を、殺してきたのね」


反政府ゲリラの総討戦だった。
何十体もの屍が転がった。

彼女は音もなくすっとレイに近づくと哀れむように眉をひそめて、レイの血に染まった白い礼服に手を伸ばす。
触れることはできない指先で何度も撫でた。


「…あの男は本当に悪趣味ね。」


赤い血潮に似合うのは白。
そういって精鋭部隊の制服を白に決めたのは血十字(ブラッディクロス)の頭、カオス。
混沌を冠る男。


「同感だ」


きっぱり言い捨てたレイにマリアはくすくすと花が綻ぶように笑った。
その姿に違和感を覚える。
あの水槽で眠る壊れ物の少女の像と、とても結び付かなかったからだ。


「貴方は、心まで弄られた訳ではないようね」


うれしい、と小声で付け足して彼女はくるりとスカートの裾を翻す。

しなやかな動き、力を秘めた瞳。
彼女はまだ生に満ちている。

レイの頭のずっと奥で察した考えに、自ら驚く。


「……お前は…なぜ笑える…?」


こんな血なまぐさい暗闇に閉じ込められて、身体を刻まれて、光なんか見えやしないのに。


「………諦めたくないの……自分を」


静けさを壊さずに澄み切って広がったその声は、天に昇るかと思えた。
あるはずのない日溜まりが、彼女の周りにはあった。



ーーーーそのとき、レイは本能で誓った。



彼女を。

傷ついても汚れない聖母を、命を賭して守り抜こうと。





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2007.5.28 穂高