ハイアンに今も眠る、強大な力。
それを守るために、ヤトマ人と風牙族は秘密裏に、連綿と伝承を受け継いできた。
四方におかれた守人は、その力と象徴される法具で、遺跡、そして封印を守っている。
「守人というのは、どのような人たちなのですか?」
江が目の前の人物に話しかける。
黒髪と黒色の瞳が印象的な、壮年の男性。
守人の長であるその男性は年が止まったかのような容姿をしていた。
「守人はヤトマ、もしくは風牙族の中から選ばれて、四方の遺跡を守るための力があるかどうかによる。また、それを口外してはならない。」
「そっか…だから、葎花の母親は何も話せないって言ったのか…。」
「炎雀の守人は年若い。だが、守人としては優秀だ。そして伴侶がヤトマの者ではないのに、良く理解している。」
思い出すのは葎花とその母親。
確かに、言われなければ分からないほど、彼女たちはヤトマの暮らしを違和感なくこなしていた。
深い、深い夫への愛。
「ハイアンの者は、ヤトマと聞くだけで疫病か何かのように忌み嫌う。大戦の記憶など残って居るものはおるまいに、穢れの様に人々の心を侵しておるのだ。」
「けがれ…って、いうのは何なんですか?」
彩牙がヤトマ特有の言葉に首をかしげる。男性は少し考えた様子で、
「目に見えぬ負のもの…といったところか。」
「確かに。目に見えない何かに纏わりつかれたように、皆疑いもなく…ですね。」
江が苦い顔をして呟く。
かつての大戦で西域はハイアンへ味方した。その判断を下したのは西域諸国それぞれの王家…、江の先祖なのだから本人の責任ではないが、何か背負ってしまうところがあるのだろう。
「…話が逸れたな。四方の遺跡を守る為に、それぞれ守人が配されているのだが、守人の持つそれぞれの証は、結界を創る鍵でもある。」
「つまり、守人に会って、証を使って結界を強めないとならないんですね。」
「帝の目的が≪アレ≫の復活なのだとしたら、護らなくてはならない。守人は遺跡傍に居を構える。そして、今の守人の殆どがヤトマの家に住まう。守人に協力を仰ぐ時は龍を見せれば事情を理解するであろう。それから先ほど渡した書物に、護法の方式の詳細が書いてある。ヤトマのものに読んでもらうがいい。…それと。」
守人の長は、そこで言葉を切ると、ふと彩牙の方を見た。
「風牙族は風を友とし、家族とし、深い愛を持っていた。…そして、ヤトマも友として、それに応えた。…君も恐らく、そういった深い心を持つからこそ、こうして仲間がいるのだろう。」
その言葉に彩牙は隣の美丈夫を見上げる。
江は微笑みを湛え、彩牙の視線に応えた。
「もしかしたら長は分かっていたかもね?」
「えっ?」
「私が彩牙を愛しているってこと。」
「ええええっ!?」
長の家から宿に戻り、ゆっくりしていた時に江がそんな事を言う。
飲んでいたお茶のカップを置いて目を剥いて驚く彩牙に、くすくすと笑い
「私の愛がどれほどのものか分かってなくても、と付け加えておこうかな。きっと風牙族の境遇を知っていたからこそ、ああ言ってくれたのだろうけどね。」
風牙族は数少なくなってしまっている事は、彩牙がそれを知らなかった事実から分かる。
「そう…だね。こんなにたくさん仲間がいてくれるのは、俺、幸せなんだなって思うよ。」
彩牙の返事に目を丸くしてから、ふと柔らかな笑みを浮かべる江。
そっと近づくと相手の顔を覗き込みながら
「私は勿論、彩牙個人を見てきちんと愛しているよ?」
「っ、ちょ、分かったって、だからっ、恥ずかしいってば。」
さりげなく腰に回された手に戸惑いつつ、江を見上げる。
その瞳が思っていた以上に優しく、彩牙は胸を高鳴らせて固まってしまう。
「彩牙は?」
くすぐったい程の甘い問いかけに、彩牙は顔を真っ赤にして、俯きながら小さく頷く。
顔を上げると勿論、嬉しそうな満面の笑みを湛えた愛おしい人の顔が、すぐ傍にあった。
ハイアンは一夫多妻を良しとしている。
だが女性が仕事に就くのは身分が高くなるにつれ少なくなっていく。
そこで、平民はだいたいが一夫一妻。多数の妻を養う事が出来る身分の高い家柄は一夫多妻が多い。
ただし、正室、側室という順列が出来てしまうのはその地位が故か。
その中でも一番に低い、唯一人の妻であろうとも『側室』扱いされてしまうのが「ヤトマ」の人間だった。
「父が他京へ外遊に行った際、姉の母となる人と出会ったそうです。その頃は俺の母と婚約していましたが、出会ったときに、とても惹かれてしまったんだそうです。」
交際は順調に進み、父は姉の母とも婚約を交わしました。
五大家の家長ですから、勿論妻にする事は容易でした。
しかしながら、彼女は正室を「名乗る事の出来ない」…ヤトマ人でした。
父の正室や使用人たちはいい顔をしませんでした。
父は別棟を与えて極力負担にならないようにしましたが…半ば幽閉に近かったそうです。
その後生まれた姉は体が弱く、あまり外へ出ないで常に母親と一緒だったそうです。
それからしばらくして、姉の母は他界しました。
沢山のヤトマの本と、この石板の欠片を、姉に託して。
「…姉の出自は恵まれず、けして幸せではなかったかもしれません。
でも、姉はとても聡明で、気高く、優しかった。俺にヤトマ語を教えてくれたのも、姉でした。」
俺は姉の存在を知り、こっそり別棟へと遊びに行くようになりました。
義弟となる俺の存在を知って驚いたようですが、とても優しく迎えてくれました。
多分、母も俺が姉の所に行っているのは分かっていたんでしょうけど、
側室という不遇と、罪もないのに生まれながらにして幽閉状態の姉を不憫に思ったのか、黙認してくれました。
姉はヤトマの昔話を話してくれたり、ヤトマの折り紙を教えてくれて…
俺が、家人がヤトマを忌む発言をしても、
ヤトマがかつて悪逆な政治を行っていたと教えられてからも、
ヤトマには悪いイメージを持たなかったのは…きっと姉のおかげです。
そんな姉が病で亡くなる前に譲ってくれたのが、あの石板の欠片でした。
だから、大事な形見で…姉さんの『故郷』であるヤトマの事を知りたかったんです。
「…そうか。」
「…姉は、少し蓮飛さんに似ていたかも知れません。」
「…へぇ。」
「あぁ、でも…誤解しないでください。姉に似ているから蓮飛さんを好きになった訳じゃないんですよ。」
「んなっ…そこはわざわざ補足しないでいいっ」
「だって、誤解されるのは俺の本意じゃないですから。」
「はいはい。」
話題を流したように見えて、その実耳が赤くなっているのは、照れている証拠なのだ。
愛しい恋人の何気ない行動もつぶさに見ているのだから、誤魔化し切れるわけがない。
「俺は、蓮飛さんが…好きなんですからね。」
「…何度も言うな、バカ。」
囁くように相手に告げると、それよりももっと小さな声で返ってくる答え。
その言葉の本意を知っている龍景は、その翡翠の瞳を柔らかく細めた。
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