第66話「解明」



<「くっそ…あんにゃろ〜…。」


咲き初めのバラ色をした唇には似合わない、粗野な言葉が漏れる。
悔しそうに歯噛みする蓮飛の格好は、見事なヤトマの姫装束だった。


『おお、すげぇ似合ってるな?これはどっからどう見てもヤトマの姫さんだ。』

『てんめぇ…!』

『姫さんは姫さんらしく、大人しくしててくれ。…アンタに手荒な真似はしたくないからな。どちらにしろ、この部屋からは出られないようにはなってるけどな。』


かつてのヤトマでは、高貴な女性は殆ど外出することはなく、 常に侍女たちに身の回りの世話をさせ、自ら屋敷の中を歩き回ることは恥とされた。
そんな中で、姫装束はより煌びやかに、そして動きにくく、重たく作られるようになった。
ある意味では枷のようなものだ。


「マジで動き辛ぇ…。くっそ、一人じゃ脱ぎ着できねぇのが辛すぎる…。」


目の前にある箱の中には自分の着なれた装束があるのに、手を伸ばしてみてあきらめる。
着替えたとしても、軟禁状態に変わりはない。


「はぁ…最悪だ。こんな姿、あいつらに見られたら…。」


まず、江は恐らく面白がるだろう。からかってくるに違いない。
彩牙は、似合うと言ってきそうだ。ただ、彼の場合は悪気がない分どうにも出来ないが。

では、龍景は…?


「…ん?」


小さく首をひねる。

この姿を見て、龍景はどんな反応をするのか。
全く予想がつかないのだ。

分からないはずはない。シュカで女装までしたのだ。何かしら反応しているはずだ。


「…あの時は…。」


江が茶化してきて…その後、

龍景は…どんな表情だったか…。

何か、心にひっかかる。
もやもやと、何か違和感のような不思議な感情。


「ちっ…何なんだよ…。」


こんなことを考えているようでは、一人で弱気になっているような気がして、 蓮飛は自分の両頬を両手で叩いた。


「…今、俺がやれることを…探さないとな。」


重たい着物を引きずり、這いずるようにして、部屋の中を見て回る。
書棚があるが何も置いていない。


「流石に、こんな所には置いてないか…。」


監禁場所にヒントになるような物を置くほど愚かではないだろう。


「…ん?」


這いずって行った近くの箱に、紐で綴じられた本が入っていた。手に取るとどうやら子供向けの絵本だと分かる。


「…っ…!」


ぱらりとめくり、内容を読んだ蓮飛の顔色がさっと変わる


──・・・ヤトマの国は、龍と四神に守られているのです。
大変な事があれば、四の守りを風ので解き、大いなる力で敵を倒すのです。──


「まさか…っ、こんな絵空事を、本気で…っ。」







上陸、完了いたしました。」


敬礼する兵の中を歩いていくのはそんな経験のない彩牙にとっては萎縮してしまう。
当然の事ながら江は慣れたものだが、「皇子」と知った分、よけいに高貴な仕草に見えて、高鳴っている鼓動に彩牙は戸惑ってしまう。

身分を隠した皇子との恋…いつの世の、幾つの女性でも憧れ、胸をときめかせるであろうそんな恋に自分が落ちるなど、彩牙が思いも寄らないのは当然だろう。


(ああもう、しっかりしろ、俺!今は蓮飛を助けるのが大事なんだからっ)


両頬を叩いて気合いを入れ直す。

ヤトマ特有の湿気を帯びた空気の中、細い獣道のような場所を進んでいく。
両側は竹が生い茂り、葉擦れの音が騒がしい。

しばらく歩いていくと、開けた場所があるらしく、先が明るくなってきた。


「…妙だね。」

「ええ。…静かすぎます。」


江と龍景が頷き合って言う。彩牙も意識を先に向けると、どうやら住居があるらしい事が分かる。
しかし、静かだった。

人が住むなら多かれ少なかれ生活音がする。しかし、まるで留守宅のような静けさだ。


「…!?」


急に、林が騒がしくなる。
鳥たちが一斉に鳴き声を上げ飛び立ち、空に旋回する。

奥の建物が、動いている。


「な、なんだあれは!」

「箱が動いているぞ!?」


兵たちにも動揺が広がる。


「まさか、あれは…魔法戦車だ。ヤトマではもう完成してるというのか…」


江が苦々しい顔をする。その様子を見た彩牙はそっと耳打ちをする。


「なぁ、江。魔法戦車って何だ?」

「私の魔法銃の大きな物…といった所かな。…魔術をあの大きさに増大させて動かすには高い魔力と技術力が必要でね。西域でもまだ実戦に使われたことはないんだ。」

「ならあれは…大砲ってこと?」

「でも、あれは砲身がない。恐らくは、外部からの攻撃を全く受けないような作りにされているんだろう。」


そこまで言って、江と彩牙は顔を見合わせた。
彩牙がいち早く駆け出し、二人を振り返る。


「江、龍景、行こうっ!」


「えっ!?どういう事ですか?」

「あの中!あの動いてる物の中に、奴らがいる!」


戸惑っていた龍景だが、彩牙の言葉に表情を締め、一気に駆け出す。
竹林を薙ぎ払うように細い道を走り抜け、広い場所に出た途端、事態は急変する。


「…!?」


これまで地面を這っていた戦車が、ぴたりと止まる。それからまるでこちらを見るように旋回し、彩牙達の方を向けて再び止まる。


『ンなコソコソ隠れてないで、もっと盛大に出迎えてくれても良かったんだぜ?』


戦車から響いてきた声は、もう何度か聞いた声。印象的な赤毛の青年がぱっと脳裏に浮かぶ。


「レックス!」

『ほぉ、やっぱ来たのか。』

「蓮飛さんを返してもらう。」

『返す、ねぇ…だがアンタはハイアンのやんごとなき子息だろう?ヤトマの忌み子…鬼の子。ハイアンの「仇敵」…それを分かってやれんのか?』

「…分からない。蓮飛さんが受けた仕打ちや、抱えた悲しみを、俺は知ることは出来ても、きっと本質で理解は出来ない。でも、俺が今まで一緒にいて見ていた蓮飛さんは…勝ち気で、口調は荒いけど…意外と世話好きで優しくて、知識も術も凄いのにどこか抜けてるとこがあって……とても、魅力的な人だった。そんな蓮飛さんの居場所は、お前達の元じゃない。俺達の元だ。」


きっぱりと、いつもの龍景よりも更に凛々しく言い切る。


『ま、今はそう思っててやるといい…そのうちに、んなこと言えなくなるかも知れねーからなぁ。』

「どういう意味だっ!」

『そのまんまの意味だ。…さて、そろそろ無駄話も仕舞いだ。こちとら忙しい身なんでな。…ハイアンでの仕上げが必要だしな。』

「待てっ、蓮飛を返せ!」


彩牙が食ってかかると、少しばかりの沈黙があってから、


『…今回は一つ借りを返すだけだ…次はねぇからな。』

「何っ…」


そう言い残すと、戦車はふっとその場から消え去ってしまった。


「逃げるなーっ!…くそっ…!」

「…瞬間移動…やはり、ヤトマの技術力は侮れないね…。」


江が呟き、悔しそうな彩牙の肩をそっと抱き寄せる。


「蓮飛さん…どこに…っ。」

「あの戦車の中にいたのかな…?だとしたら、またどこに行ったか分からない…。」

「いや、そう決めつけるのは早計だよ。もし、あの中にいたとしたら…恐らく、声を聞かせるなり…何かのアクションを起こしたはずだ。それに、最後に彼が言い残した『一つ借りを返す』という言葉が気になる。」


思案しながら呟く江の言葉に、はっとした龍景が家の方に向かって駆け出す。

(借りというのがあの時の事なら…きっと蓮飛さんは…)


「蓮飛さん!蓮飛さん、どこにいるんですか!?返事をして下さい!」


見た目以上に広い屋敷の中。ましてヤトマ風の建築はどこも同じように見えて迷ってしまいそうだ。


「――――…ぃ…」

「っ、こっちか?」


音がした方向に向かうと、この屋敷には奇妙に見える西域風のドアがあった。


「蓮飛さん、こちらですかっ!?」

「…龍景っ…気をつけろ、何がドアに施してあるか分からねぇっ」

「大丈夫です。…貸しを返して貰いましたから…」


ドアノブを回すと、がたっとドアが横に動く。中はヤトマ風のようだ。
そして…部屋の真ん中に座っているのは…


「蓮飛、さん…?」

「っ、あいつらに着せられたんだっ、重くて動けやしない。」


不機嫌そうに口を尖らせて言う蓮飛の様子すら、美しく見えてしまう。煌びやかな装束は、白い肌と黒髪を引き立てて、まさに姫君に相応しい美しさだ。
見惚れてしまった龍景は首を振ると、相手の元に行き


「…助けにきました。」

「…おせぇよ、バカ。」

「すみません。」

「…悪かったな。」

「…蓮飛さんが謝る事なんて、一つもないですよ。…さあ、帰りましょう。」

「ぉわっ!?ば、バカ、何してんだっ!」

「だって、その格好じゃ走れないじゃないですか。…着替えは後にしましょう、いつここを証拠隠滅で破壊されるか分からないので…失礼して。」


正に姫抱っこをしながら、屋敷から龍景が出てくる。
いつもの服を抱えながら顔を隠す蓮飛の様子に、彩牙と江が駆け寄る。


「蓮飛、無事で良かったぁ…。でも、そのかっこ…?」

「ずいぶん粋な計らいをされたものだね、龍景?敵の手に落ちた姫君を連れてくるなんて、吟遊詩人が喜んで語ってくれそうだ。」

「うっ、るせーなぁっ!俺だって着たくて着た訳じゃねーよっ!」


茶化す二人の言葉に蓮飛が赤くなり反論する。
こんなに極端な反応を返すのは珍しいが、一番突っ込みを入れそうな江はにやにやと楽しそうに笑っているだけだ。


「いいから、とりあえず着替えられるとこまで行くぞ、こんな見せ物にされてたまるかっ。…それに、あいつらの狙いは俺らをここにおびき寄せるためだったんだからな…。」

「えっ…どういう事…?」

「…あいつらの野望は、ヤトマ帝国の復興。それも…未だハイアンの地に眠る古代の力を使って…な。石版の内容を、あいつらは知っていたんだ…。」

悔しそうに歯噛みする蓮飛。

物言わぬ歴史が、少しずつ覚醒していく…。




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by月堂亜泉 2010/2/8