「ふは〜、いい湯だった。」
「あ、蓮飛お帰り〜。いい湯だった?」
「ああ。ありゃいい湯治になりそうだ。」
リフレッシュした様子の蓮飛に、ほっとする彩牙。
親友のあまり見ない沈んだ姿は自分の事の様に辛かっただけに、いつもの調子に戻っ
てくれたのが嬉しいのだ。
蓮飛は彩牙のそんな様子に気付き、少し照れくさそうに微笑む。
普段何事に対しても冷ややかに見える蓮飛も、彩牙に心を許しているからこそ無防備
な姿をさらす。
それを傍で見てしまった龍景はもちろん、目を奪われてしまうのだが。
「龍景もゆっくりできたかい?」
「え?あっ、はいっ。」
少し慌てた様な龍景。江はいつもの鋭い勘でなにかあったと感づいたらしく、龍景を
手招きする。
「龍景、何かあったの?」
「えっ、いえ、何も…。」
「ああ、質問の仕方が違ったか。何が、あったの?」
「こ、江さんっ!」
まるで誘導尋問のような江の尋ね方に龍景も隠すのに精いっぱいだ。
それでも湯上りのためではなく紅潮した頬が物語ってしまう。
江はその様子をほほえましく見て、少し意地悪に指摘しては楽しんでいるようだ。
スキンシップというにはかなり子供っぽいが、大人っぽい江をとっつきやすくしてい
るのは、こういう子供っぽさを残しているからかもしれない。
「江、じゃれるのもそれくらいにしとけよ。彩牙もちょっとこっちに来い。」
蓮飛が3人を呼ぶ。蓮飛が机の上に置いたのは例の石板、ヤトマ語で書かれたメモ、そしてハイアンの地図だった。
「何したんだ?」
「まあいいから、とりあえずここまでを俺なりの解釈交じりで纏めようかと思って
な。いいだろ、彩牙。」
「…うん。俺もなんだかいろいろありすぎて、頭の中ごちゃごちゃだから。」
目くばせをすると、江も龍景も一様に頷く。
蓮飛は石板を皆の方に向け、ゆっくりと話し始めた。
「まず、彩牙が自宅で見つけたこの石板。俺が解読してんのはまだ一部だ。で、この間シュカでの遺跡でまったく同じもんが見つかった。つまり、ヤトマの人
間にとってこれは重要か、後世にも伝えなくてはならないことだったってことだ。ただ、ここで出てくるのがハイアンの存在だ。その石板が廃棄されず遺跡ごと残さ
れていた…。つまりは、ハイアンにとってもこの内容は『有益』だったわけだ。」
「ということは、他にも遺跡が残っている可能性は十分にありうる、と言いたいわけ
だね?」
江の言葉に先生のように大きく頷いて同意を示しながら、蓮飛は話を進める。
「だが、俺らはこれまでこの土地で生活していて、この石板の事なんか一切知らずにいた。
かつての有力者が隠したか、有益だが危険を伴ったか…。真偽は分からない。そこで出てくるのがあいつらの存在だ。」
「赤髪の男たちのことですね。…彼らはヤトマ帝国を復活させる気でいるようですし。石板の内容がそれをするに充分の力を秘めているとしたら…。」
四人とも少し口をつぐんだ。
脳裏には同様の想像が思い浮かんだからである。
戦乱。
年齢的に四人とも実体験をしたわけではないが、これまで魔物に襲われた村の様子な
どを見てきた四人は、それよりも凄惨と言われる戦乱を想像すると、総毛立つような恐怖を感じた。
「だったらやっぱり、あいつらを止めないとならない。」
「俺もそう思う。だが、おそらく情報量で俺たちが負けている。俺たちはこの彩牙の
持っていた不完全な石板しか持ってないが、向こうはほぼ完璧な全文を持っているとみて間違
いないだろう。」
「同様の遺跡を探すか、石板を持つ人物がいないか探すとはいえ、間に合いますか?」
「その点は大丈夫だ。」
蓮飛は妙に自信満々に言うと、彩牙の方をじっと見つめる。
「全文を持っている割に、あいつらの動きはまだるっこしくて遠回りだ。
おまけに彩牙にちょっかい掛けるくらいだ。まだ決め手に欠けてるって可能性はある。」
「なら一刻も早く、この全文を知る必要がありますね。」
龍景の言葉にみんなが同意を示す。
ここコクトウでの次なる目標は、ヤトマ時代の遺跡・文献、もしくは石版の手掛かり
を探すことに固まった。
江と龍景は早速、旅の工程についてプランを立て始める。
「彩牙。」
「ん?どうしたの、蓮飛。」
「お前の両親についてのことなんだが。…俺が思うに、このままこの石板の謎を追っていけば、
何かしらの手掛かりがありそうな気がするんだ。」
「えっ!?」
「お前の家に隠されていた石版…この石板はお前の両親が隠したとみて間違いないだろう。
つまりは、お前の両親はこの石板について何か知っているか、同様に謎を追っているかもしれない。」
うっすらと考えていた仮説。それが少し、輪郭をはっきりさせてきた。
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「彩牙、まだ起きていたの?」
寝台に腰掛けて、ぼんやりとしている彩牙を驚かせないよう、江はそっと声をかけ隣へ座る。
「あ、うん。なんだか眠れなくて。」
「…不安?」
「不安…とは違うと思う。何だろう、怖いっていうのもちょっと違うし…。」
自分の思いを測りかねているような彩牙の物言いを、急かすわけでもなくただ隣でゆっくり聞く江。
大人の余裕、というだけではなく、江はそういう雰囲気を持っている。
心地よく包まれる、やわらかな暖かさ。
真夏の焼けつくような太陽ではなく、ゆるゆると温かい冬の日差しのような。
「…迷ってる、っていうのが一番近いのかな。急に…父さんと母さんの足取りが近く
なったけど…同時に危険な事に巻き込まれてるんじゃないか…って。
早く会いたいけど…会ったらなんて言おうかって。
止めるべきなのか、どうすればいいのか…。」
「彩牙…そんなにたくさん考えちゃダメだよ。」
優しい声とともに、そっと抱き寄せられる。
暖かくて大きな胸に抱かれ、気持ちが段々と落ち着いてくる。
「まずは、ご両親に会うことが彩牙の中では一番大事でしょう?…その時、なんて伝
えたいかは、会ったときに思ったことを素直に伝えればいいよ。危険な事に巻き込まれても、彩
牙のご両親は彩牙を悲しませるような選択はしないと、私は思うよ。」
「…うん。」
明るく大らかで、強い冒険者である前に、優しく子煩悩だった両親。
最初は、自分を残して旅に出た両親を江は否定していたけれど、今はこんなにも理解
してくれる。
それが嬉しくて、なんだか涙腺が緩んでしまう。
「…泣かないで、彩牙。彩牙にはいつでも笑っていてほしいんだよ。」
そっと、江の指が涙をぬぐう。
見上げると、藍色が自分を映している。
「…江…。」
「彩牙、ずるいな。…そんなに無防備な様子を見せるなんて。」
苦笑交じりに囁く江。
小さな希望が、彩牙の耳に囁かれた。
「…うん。」
彩牙は小さく頷くと、瞳を閉じた。
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