コクトウのはずれの街、壁邑は夕方近くから天気が崩れ、ふわりと粉雪が舞い始めた。
街の人の話では、明日には止むだろうとの事だが、積雪には影響しそうだ。
「犬ぞりがあって正解だったね。馬ではこの雪は難しいからね」
窓の外を伺いながら、江が珈琲をいれてくる。
「サンキュ〜、江。」
「どう致しまして。」
バリスタのような優雅な仕草で、窓の外を見ている彩牙に珈琲を渡す。
「寒っ…。」
それを横目で見ながら暖炉の前で丸まっているのは寒さにめっぽう弱い蓮飛だ。
「蓮飛さん、そんなに暖炉に近付いてると危ないですよ?」
地図を見ながらも、それとなく蓮飛の様子を気にかけるのは龍景だ。
「それにしても、広くていい部屋だよな〜。」
雪の季節になったコクトウは、観光のオフシーズンとなる。
他の地域はおろか、街同士の行き来もめっきり減るため、宿も空いた部屋を格安で貸し出す。
今日4人が泊まった宿は、寝室2部屋が暖炉のあるリビングで繋がったかなり広い部屋だった。
「惜しいのは寝室が2部屋しかねぇとこだな。」
「まぁ仕方ないですよ。本来は家族向けの部屋だそうですし…。」
「おや、私は構わないよ?彩牙と一緒の部屋にいられるって事が嬉しいからね。」
にっこりとご機嫌な笑みを浮かべる江に彩牙は赤くなり、
蓮飛は呆れ、龍景は苦笑とそれぞれの反応を返してくる。
「で、俺は龍景とって事だな。」
「え、えぇ。よろしくお願いします。」
「…別に寝るのに気ぃ使う事ねーだろーに。」
蓮飛はやはり気付かずやや的外れな返事だ。
「蓮飛って、妙に鋭いトコあるのに、驚くほど鈍いときがあるよな〜…。」
「ふふ、そうだね。特に自分が関するとダメみたいだね。」
ひそひそっと彩牙が江に耳打ちし、楽しそうに江が答える。
少し前まであまり見ることのなかった様子に、蓮飛はすかさずツッコミを入れる。
「お前ら何いちゃついてんだよ?部屋に帰ってからにしろよ。」
「いっ、いちゃついてるって…!」
「おや、蓮飛に釘を刺されてしまったよ。」
彩牙は顔を真っ赤にさせ、江はいつもの様子のまま誤解を解く気がないらしい。
「はぁ…糖分が高すぎて砂吐きそうなくらいだ…。」
肩を竦めてから蓮飛は上着を羽織り名残惜し気に暖炉から離れる。
「んじゃ…俺はそろそろ部屋行くかな。布団あっためとかねーとな…。」
「あ、お供します。俺も二人を邪魔するほど不粋じゃないので。」
「おや、言うね龍景。」
蓮飛の後を追い掛けるように寝室に入った龍景。
その様子を見ていた二人は互いに顔を見合わせる。
「なぁ、江…。」
「うん?どうしたの、彩牙?」
「俺が言うのも何なんだけどさ…大丈夫なのかな?あの二人…。」
「おや、心配かい?」
ふっと瞳に優しい光を宿した江が、相手を見つめて尋ねる。
その視線にときめきと安心を感じながら、彩牙は言葉を続ける。
「そりゃ心配だよ。…蓮飛は親友だし。龍景だって大事な仲間だし…。」
「ふふっ…大丈夫だよ。 例えば…彩牙は、私が好きだと言ったから私を好きになってくれたの?」
「えっ!えっと…それは…考えるきっかけだったけど…。 でもそれで、って訳じゃない、と思う…。」
慣れない話に真っ赤な顔をしながらも懸命に話す彩牙を愛しげに見つめて、江は大きく頷く。
「そう。要は同じだよ。何かしてあげたいと思っても…恋愛は結局当人の心次第だからね。」
「…そう、なんだよなぁ…。分かってるんだけど…。」
「ふふ、だから、当人の心次第って言ったでしょ? …蓮飛だって龍景を気に入っているとは思うよ?でなくちゃ、喧嘩とかしないでしょ」
「確かに…蓮飛があんな風に自分の気持ち剥き出しにするのは珍しいかも。」
納得しはじめた彩牙を見て江は目を細め、そっと橙色に指を滑らせる。
「ふふっ、温かく見守ることにしようね。彩牙。さ、そろそろ寝ようか。」
「…うん。」
寝室に入ると既に部屋は温まっていた。よく気の回る江らしい配慮だ。
(…何て言うか…紳士なんだよなぁ…)
その扱いが丁寧過ぎてくすぐったい事もあるけれど、けして嫌だと思った事はない。
これも「幸せ」なのかもしれないとふと思う。
あの日見つけた石版から始まった出会い。
江や蓮飛、龍景を巻き込んでしまったと思う気持ちは何処かにあった。
だからこそ、巻き込んでしまったのを謝罪するより、幸せになって欲しい。
彩牙の小さな願いが、静謐の銀世界に包まれて行く。
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