この世の理をほんの少し取りだし、人の言葉に当て嵌めて読み解く。
理の取り出し方や、人の言葉への直し方で、幾つもの意味を成す。
正誤はなく、それは全てであり一部である。
それを理解し、星を読み神の意志を知ろうとする。
それが、陰陽師というものである。
「星が、変わった…。」
思わず呟いた声は少し掠れたが、そんな事を気に留める余裕すらなかった。
「彩牙の星が、江の星に呼応するように輝いて…」
蓮飛の細くしなやかな指が八卦盤の上を滑る。
「…そうか…定めの星だというのか…。」
薄紅色の唇が微かに苦笑を浮かべる。
「とんだ読み違いだな、俺も…。」
以前蓮飛は、江が彩牙に近付けば、彩牙の星と江の星は曇ると読んだ。
それは、かつて江に抱いていた淡き想いにより、ぶれた結果だったのかもしれない。
「江の守護は玄武…水の流れを生み、奔放な風を受け止める大いなる山…。そう読めば、何の不思議もねぇのにな…。」
これを失恋、と言えるほどはっきりした想いを抱いていたわけではなかったが、胸がちくりと痛む事があるかと思った。
それなのに、意外にも清々しくすんなりと受け入れたのは、江の相手が、自分が信頼した彩牙であったからかもしれない。
荷袋の中に八卦盤を仕舞うと、窓辺に近寄りそっと硝子戸を開いた。
そろそろ朝餉の支度が行われている刻限、住居からは煙や湯気が出ている。
鳥が朝を喜ぶように鳴き、犬が吠え立てる。
何気ない朝がそこにはあった。
「あふ…。」
早起きをして卜占をしたおかげで、緩やかに眠気が訪れる。
しかし、今から眠るには出発の時間に間に合わない可能性もある。
「どーすっかな…」
ベッドに座り、隣のベッドに寝る人物を何とも無しに見る。
昨日は大部屋しか空いておらず、個々の部屋はなかったが、ベッドはきちんと四つ用意されてあった。
江が彩牙の隣に寝たいと聞かなかったので、彩牙と江のベッドはくっつけてある。
その隣のベッドに龍景が寝て、そのさらに隣、一番窓際に蓮飛は寝ていた。
「長いな…。」
龍景の髪を見てぽそりと呟き、ぼんやりと見つめる。
薄栗色の髪はベッドに波形を描いて広がっている。
旅の間、こまめに手入れが出来ないにも関わらず艶のある髪は、元の髪質がいいからだろう。
最も、蓮飛の黒髪も艶を失うことがない綺麗な髪だが生憎自分の髪には関心がないらしい。
(…さらさら…)
思わず手を延ばし、龍景の髪に触れる。
指を滑るなめらかな感触が心地良い。
「ん…。」
龍景がゆっくり覚醒し、翡翠色の瞳が、自らの髪にそっと触れる蓮飛の姿を捕らえる。
暫くの間があって、龍景は慌てふためき、がばっと起き上がった。
「れっ、れっ、蓮飛さんっ…!?」
「あ、起きた。おはよ」
「あっ、おはようございます。…今日は早いんですね…何かありましたか?」
「いや、卜占をしてただけだ。」
相手が慌てふためいていた理由が分かっていない蓮飛は、少し首を傾げてから伸びをする。
「コクトウか…龍景は行ったことあるのか?」
「ありますけど、まだ幼い頃でしたし…覚えがあるのはコクトウ京しかないですね。」
「そうか。…やっぱり寒いのか?」
「えぇまぁ、シュカは比較的温暖でしたが…コクトウはやはり寒さは厳しいですよ。」
「…うわ。」
寒さの苦手らしい蓮飛は龍景の言葉を聞き、明らかに顔をしかめる。
その様子をくすっと笑って見る龍景の瞳は穏やかだ。
「っと…いつの間にかこんな時間だ。彩牙と江を起こさないとな。」
「そうですね……おや。」
隣のベッドを見た龍景が微かに声を上げ、くすくすと忍び笑いをする。
その様子が気になり、蓮飛は龍景の後ろから顔を覗かせ、ぷっと吹き出した後、彼らしいシニカルな表情を浮かべた。
「この状態を残しておいてやりてぇな。」
昨晩、ベッドをくっつけたいとまるで幼子のように駄々をこねた江に根負けするように、渋々ベッドをくっつけた彩牙ではあったが、
江の腕枕の誘いは断固拒否して江に背を向けて寝るようにしていたのだ。
ところが今はどうだろうか。
寝返りの妙か、朝方の冷えが堪えたのか。
ぴったりと…見ようによってはまるで彩牙が江に甘えているかのように、
寄り添って寝ているのだ。
「…仲良き事は美しき哉、ってヤツか?」
「ははっ、ですね。江さん、彩牙、そろそろ時間ですよ。」
律儀に起こしてやる龍景を見てから、蓮飛は自分の掌に視線を落とす。
龍景の髪を、何気なく触った自分の手。
「んー、おはよう…。」
まだ眠たそうな彩牙の挨拶に、ふとそこで思考を中断し、彩牙の方を向く。
「ああ。…おはよう、彩牙。」
明らかに何か揶揄するようなニヤニヤ笑いの蓮飛を見て、少しばかり眠気が覚めたのか、
彩牙は口を尖らせながら
「な、何だよ、蓮飛。何か変か?」
「いんや、別に?」
「嘘だっ。絶対なんか隠してる。」
「そりゃ彩牙の被害妄想だ。まだ寝ぼけてるとか。」
「そんな事ない。何だよ蓮飛、ちゃんと言ってくれよっ。」
彩牙と仲良くじゃれ合い始めた蓮飛を、眩しそうに見つめる龍景。
「可愛らしい花々の戯れはいつ見ても微笑ましいね。」
「わぁっ、こ、江さん…起きてたんですか?」
「おはよう龍景。…蓮飛に見惚れるのもいいけど…彼は鈍いからね。」
江はゆっくりと身体を起こしながらそう呟く。
龍景も良くわかっている分、何も言わずに視線を再び蓮飛に向ける。
「…俺は、江さんみたいにはできませんから。」
「ふふ…いいんじゃない?龍景は龍景らしく、ね。」
何もかもお見通し、な江はベッドから降りると身支度を始めた。
「さぁ、彩牙も支度しないと、あまりコクトウ入りが遅くなると大変だよ。」
「あっ、そうだな。」
江に声をかけられ、彩牙はパタパタと支度を始める。 勿論、江にちょっかいをかけられそのたびに痴話喧嘩を展開してはいたが。
次の目的地、コクトウ。
何があるのか、何が待っているのか…。
気紛れなる神が悪戯に引き寄せる糸に、全ては委ねられている。
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