「………江、歩きづらいんだけど」
「少し我慢して?大事な姫君がまた攫われてはかなわないからね」
江の形のよい唇がしごく最もらしいことを紡ぐが、その切長の瞳は愉快そうに細められている。
彩牙は相手のそんな様子に僅かに染まった頬を膨らませた。
買い出しにかこつけて、江は彩牙を《デート》に連れだした。 さすが有言実行の紳士である。
しかし彩牙にとって不運なのは、この街を歩くには女装しなければならないことだ。 先日のレースで目立ってしまったのだから仕方がないのだが。
そういう訳で羞恥心に苛まれいつもより大人しい彩牙は、ご機嫌な江の腕を振り解けないでいる。
今日は完全に、江が優勢だった。
「で、買い物は終わったのか?」
「あと1つだよ。あぁ、あの店だ」
「アクセサリー屋?」
魔力を封じ込められているアクセサリーは、冒険者にとっては重宝する防具である。
けれど彩牙たち一行は装備もそれなりに調えたばかりなので、彩牙は首を傾げた。
江が店に入ると、小さなざわめきが起こった。
女性の店員が二人も駆けつけて、江に話しかけている。
(相変わらずモテるなー…。)
彩牙はなんとなく胸がちくちくするような、ぐるぐるするような、嫌な気持ちになった。
「彩牙、待たせたね」
買い終えたらしい江が戻ってきて、目を閉じるように指示するので、何を企んでいるのかと少しビビりながら素直に従う。
パチンと小さく音がして、思わず目を開けると、金の腕輪が飛び込んできた。
左手首に嵌められたそれは綺麗な模様が刻まれていて、ひやりとした質感とともにシンプルな光を放っている。
「うわ、綺麗!どうしたんだ?」
「私から彩牙にプレゼントだよ。身に付けている人の身を守ってくれるらしいから」
「あ、ありがとう…」
「気に入らない?」
「ううん、すっごく気に入ったよ!綺麗だもん」
「なら、よかった。前にこの店に来た時に見つけて気になってたんだ」
にこりと微笑む江に、彩牙は照れながら礼を言った。
そして自分が店の女性たちと話す彼の姿に嫉妬していたことが、なんだか恥ずかしくなる。
ふっと彩牙の中で、躊躇いが静かに消えていった。
「江、あのな………俺………江のこと、好きかもしんない…」
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「なんだありゃ?」
先ほど淹れたばかりのお茶を飲んでくつろいでいた蓮飛が突然上げた奇妙な声に、龍景は買ってきた食料を整理する手を止めた。
「こ、江さん?」
「ただいま。二人とも食料の調達、ご苦労さま」
驚きに目を見張る二人に、スキップしそうなほど足取りの軽い江は、世の女性たちを卒倒させる極上の笑顔を向ける。
背後に薔薇の幻想が見える。 思わず二人が息を飲み、軽く身を引いてしまうくらいだ。
「え、えぇ…どうしたんです…」
「秘密だよ。…あぁ、龍景、今日の夕焼けは格別に美しいね。そう思わないかい?」
「は、はぁ…」
窓の外を眺めながらにこにこと語りかけてくる彼に、龍景はたじろぐしかない。
そんな江の後ろを恥ずかしそうに縮こまりながら歩いてきた彩牙に、恐ろしいものを見たような顔をした蓮飛が詰め寄る。
「彩牙、どうしたんだ?何があった!?」
「い、いや…別に何も…」
「何もないわけないだろ。あれ見ろ、あれ」
ちらっと見やれば、彼は龍景に滔々と人生の素晴らしさを語り始めていた。
こんな子供のようにはしゃぐ江を始めて見た。
そしてそれが自分の言った一言のせいだと思うと、彩牙の頬は熱く火照ってしまう。
(こんなに喜んでもらえるなら、出し惜しみなんてしなくてよかったのかも…)
男同士だとか、つまらないことで悩んだ自分が馬鹿みたいだった。
そんな思いが沸いてきて、彩牙はくすくす笑って蓮飛に言った。
「秘密だよ♪」
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