「頼むから、領主様にもよくよく言っておいてくれ。」
「分かったよ…本当に今回はすまなかった。」
龍景は領主の屋敷で雄翔と対面していた。
レースは判定の結果、ほんの少しの差で雄翔のペアが優勝した。
表彰台の上で雄翔は愛を告白しプロポーズした。
勿論彼女は了承し、領主の鶴の一声で取り巻き衆も認めるしかなかった。
二人の様子は幸せそうで、その場の誰もが祝福した。
勿論、龍景達に起こっていた事態は知る由もなく。
約束の賞金と賞品を受け取るのに併せ、危険人物の祭への参加規制を陳情しに
龍景は一人ここにやって来たのだ。
「でもまさか人攫いがレースに紛れてたとは…」
取り押さえられた二人は前科ありの賞金首だった。
そんな人間が容易に入り込んでしまったためにあの事件は起きた。
「今回は無事だったからまだいいけど、今度は雄翔の祝賀もあるだろう?その時は余計に気をつけないとならないぞ。」
「あぁ、分かってる。…それはそうと龍景、お前は彼女とはどうなっているんだ?ハクシュウ領主様はご存知なのか?」
雄翔が言う彼女は当然、蓮飛の事だ。
可憐な蓮飛の姿を思い出して、つい顔が赤くなる。
「い、いや…父上には絶対内密にしてくれ。それに…あの人は、俺の恋人じゃないんだ。」
「そうなのか?」
我ながら言っておいて悲しいかな、それは事実だ。
自分も江のように、想いをさらりと告げられる性分ならいいが、それすら出来ない。
彼の壁が今だ自分には高く厚いようで、踏み込めないのに、想いだけがどんどん膨らんでいく。
「龍景も色々大変だな。俺も応援しているよ。」
「ありがとう、雄翔。」
して、その想い人はと言うと、険しい顔をしつつ友人の看病をしていた。
部屋に江を残し、薬を取りに行くため部屋を出た蓮飛は空を仰ぐ。
「風の愛児……か。」
あの、正体不明の相手…レックスと名乗った男は、彩牙をそう呼んだ。
なるほどしっくり来る言葉に、蓮飛はため息をつく。
「あいつは…彩牙の何を知り、何を求めているんだ…」
現人神…一体何者なのか。
あの鏡による力は何なのだろうか。
そして、突如発現した彩牙の『力』。
石版の事すら殆ど解らないのに、また新たな情報が山積してしまう。
ただし、一つだけはっきりしていること。
「彩牙を奪わせやしない。…絶対に。」
それは勿論、江も同じ考えだ。
「…彩牙…。」
眠り続ける彼の髪にそっと触れる。
あまりの静かさに規則的に上下する胸板を幾度も確認してしまう。
「もう少し…自分を大事にしてよ、彩牙…」
あの時。
二人を相手にするのは、命を賭してもする覚悟はあった。
でも、自分が狙われた時、彩牙は自分を庇った。
失うかと、思った。
愛しい人を、目の前で。
「彩牙…。」
優し過ぎる君は、自分を省みない。
だから、心配なのに。
「…彩牙…っ」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
…呼ンデルヨ…
『呼んでる?』
ソウ、ヨンデル…
『呼んでるって、誰が?』
君ヲ、大事ニ思ウ人ガ
『…大事に?』
ナカマ。
『仲間……もしかして、江達!?』
ソウ、ヨンデルヨ。
『そっか、俺…江を助けようと思って…。俺、死んだのか?』
ウウン、君ハ『力』ヲ使ッタ。
イキナリダカラ、身体ガ驚イタダケ。
『力って…?それに、君は…?』
…イツカ解ルヨ。早ク仲間ノ所へオ帰リ。
『えっ、ちょっと待っ…!君は一体…っ!』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「っ…んんっ…あれ…」
「彩牙?私が分かる?」
薄靄のかかったような視界が徐々に形を取り戻していく。
目の前には、心配そうな表情の江がいた。
「江…俺…」
「良かった…気がついて。…本当に、彩牙には何度も肝を冷やされるよ。」
抱きすくめられ、彩牙はエンテイ湖での事を思い出していた。
あの時も江は自分を助けることに精一杯だった。
そして、目を覚ました自分を、本当に大事そうに抱き寄せて。
『彩牙が、無事でよかった…』
いつだって、江は自分の事を考えてくれた。
それは、江が自分の事を『好き』だからかもしれないが。
(そうだ…)
江は、一応の返事を聞いて以来、自分には何も言っては来ない。
勿論、前よりも過剰とも言えるスキンシップはあるにはあるけれど、はっきりとした返事を急いたり、『あの日』のような事は一切なかった。
(俺は…江が…『好き』なのか?)
不思議なまどろみの中、『自分を大事に思う人』と言われて、真っ先に思い浮かんだのは江だった。
もう長い付き合いになる蓮飛より。
兄のように信頼している龍景より。
いつも傍にいて、自分を見つめている、江が。
「…彩牙?」
自分の思考に入っていた彩牙は、江の心配そうな声にはっと我に返る。
「どうしたの?やはりまだ本調子じゃないのかな?」
「え、ううん、そういうわけじゃないんだ。少しだけ考え事。」
「そう?ならいいのだけど。無理はしないようにね。」
「うん、分かってる。」
江の事を考えていたなど言えるはずもなく、彩牙は笑って誤魔化す。
と、控えめなノックの後、蓮飛が入って来た。
「江、様子は…。」
「あっ、蓮飛、おはよう。」
彩牙がベッドの上から友人に向けて手を振ると、彼は御世辞にも品がいいとは言えない大股でずかずかとベッドサイドまでやって来た。
鋭い目つきで二人を見て、
「ったく、バカかお前らはっ!毎度毎度無茶しやがってっ!今度こんな事やったらタダじゃおかねーからなッ!」
「悪かったよ、蓮飛。」
「ごっ、ごめん、蓮飛…。」
美人の剣幕な怒りほど恐ろしいものはない。江は軽く彩牙もたじろぎながら謝る。
しかし、彩牙も江も、蓮飛が本当に心から二人の事を心配していたのだと
わかっているからこそ、そのまま怒られる事に良しとしているのだ。
「それなら、俺は蓮飛さんも無茶だと思います。レース中にいきなり呪法をつかって飛び立とうとするんですから。」
開けっ放しになっていた戸口から顔を覗かせたのは龍景だ。
「おや。龍景、お帰り。早かったね。」
「ええまぁ。あちらもこれから何かと忙しいでしょうから。長居するのも何なので、用件と少しの世間話でおいとましたんです。」
龍景は荷物を長机に置き、中から一枚の紙を取り出して蓮飛に渡す。
「これが、コクトウの玄関口の邑、壁邑(へきゆう)で使える犬ぞりのチケットです。
領主の印の入ったものですから、いい犬を用意してくれるそうですよ。」
「へぇ、気が利いてるな。」
チケットに書かれた文面を読みながら上機嫌で蓮飛は答える。
「賞金も戴きましたし、少し旅にも余裕が出ますね。」
「そうだね。ああ、あとコクトウに行ったら防寒具も買わなくてはならないね。」
これまでの旅費は主に、途中途中で江や龍景が冒険者ギルドにて仕事を請け負ったり、
蓮飛が薬を売ったり診療したりして稼いでいた。
彩牙も勿論仕事の補助や蓮飛の手伝いをしている。
「え、コクトウについてからでいいのか?」
「うん。シュカはわりと温暖だから、防寒具もそう揃えられてないし高価なんだよ。
でも、コクトウでは防寒具が生活必需品になるからね。壁邑に入った辺りで一気に価格が安くなっていいものが色々手に入るんだ。
その代わり、食品はシュカの方が豊富だから、明日は市で食料を買いだめしないとね。」
江の経験による博識ぶりが何気なく披露される。 食料、と聞くと張りきるのは大食漢の蓮飛だ。
「コクトウは寒いから食品もあんまし痛まねーよな。生ものも買っとくか。」
「なら明日は出発準備の買い物だね。」
「彩牙、私達は『二人きりで』買い物をしようか?」
「えっ?」
江はにっこりといつもの笑みを浮かべ、肩に手を回す。
その様子に呆れかえった蓮飛は冷ややかな視線を送る。
「体よくデートしようとしてるなよ。」
「でっ、デート!?」
「蓮飛、そう言う事は気を利かせて言わないで貰えると嬉しいのに。」
「俺は気が利かない男なんでね。」
デートという響きに、先ほどの思案とあいまって、彩牙は余計に顔を赤く染めていた。
それは誰にも、本人にすら気づけない事だったが。
|