第49話「想いを強さに変えて」



スタートと同時に飛び出したのは龍景と蓮飛で、雄翔とその恋人が次に続く。
その後ろを先ほど彩牙に声をかけた男と江と話していた女が様子を見ながら駆けている。
彩牙と江はそのすぐ後ろにつけていた。


「おい、江!こんな後ろにいていいのか?」


投げナイフで一つ目の的を軽々と打ち抜いて歓声を浴びながら彩牙が振り返り、少し不満げに言った。
この旅の間で、彩牙は江の乗馬の腕がこんなものではないことを学んだらしい。
江はくすりと笑って手綱を握り直した。


「まだレースは始まったばかりだよ。まずは様子見をしないと」

「ふぅん……。龍景、飛ばすなぁ」

「そうだね。あとで力尽きなければいいのだけど」


前方で砂塵を巻き上げながら猛然と走っていく二人の馬を心配そうに見やる。
レース前の蓮飛の態度といい、少し気がかりだった。


「人の心配してる暇はないぜ、嬢ちゃん?」

「え?」


いつのまにか前を走っていたはずの男がすぐ近くまで来ていて、後ろに乗っていた女がにやりと妖艶に笑った。


「彩牙っ、掴まって!」


江の鋭い声と同時に、爆発音が響いてあっという間に煙に包まれる。
混乱して甲高く嘶く馬をなんとか制御しようと手こずっている間に、進路を変更させられて煙幕が薄くなってきた頃には辺りに人影がなかった。


「しまった…コースから外れたか」

「江、大丈夫か?何が起きたんだよっ」

「私は大丈夫だから、落ち着いて」


軽く混乱して咄嗟にナイフを構えている彩牙の腰を片手でしっかり抱き寄せると、彩牙は少し落ち着いたのか、戦闘態勢をとりつつ馬を宥めた。
体当たりをしてきた馬の騎手が豪放に笑う。


「また会ったな、かわいい嬢ちゃん」

「貴様、何者だ」


氷のように冷静な問いかけに、彩牙に向けていた顔を江へ向けなおした男はにんまりと粗野に口の端を持ち上げる。
江は彩牙を抱き締める手に力を込めた。


「俺は岩叙(がんじょ)。そこの嬢ちゃんをいただきに来たぜ」

「は?なんで俺?」

「さぁ?それは依頼人に聞くんだな」

「依頼って…一体誰が…」

「きゃんきゃんうるさい娘だねぇ。大人しく捕まってくれりゃ、男前な依頼人に会えるわよ!」


岩叙の屈強な身体の影から華奢な女が呆れたように言い、こちらに飛び掛ってきた。
キュルキュルッと耳障りな音が響いて細い銀色が煌く。


「鉄線…。彩牙、気をつけて。触れると切れるし、絡め取られてしまうよ」


江が片手で馬を巧みに操って攻撃を避けるが、相手の勢いは止まらない。


「おい、蘭玉(らんぎょく)!大事な依頼品に傷つけるんじゃねぇぞ」

「わかってるわ。…さぁ、綺麗な顔のお兄さん。お嬢ちゃんを渡して貰おうかしら」


じりじりと二人が彩牙と江に迫ってくる。
周囲の状況を素早く確認しつつ、江は彩牙をしっかりと支えた。

彩牙の忠告を聞いておけばよかったかと少し後悔しつつも、江は気丈に笑って鋭い輝きを目に宿す。


「嫌だといったら?」







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『おぉーっと、後方で爆発!2組が巻き込まれたか!?このように様々な仕掛けが各所で待ち構えています! 障害をクリアして、真実の愛を優勝台で掲げるのはどのペアなのかー!!』

「彩牙たち、大丈夫でしょうかっ?」


白熱する実況に、巧みに馬を操って障害物を飛び越えていた龍景が蓮飛を振り返ると、キッと鋭い目つきで睨まれた。


「あいつらなら平気だろ。それよりレースに集中しろ!」

「は、はぃ…」


さらさらと黒髪を風になびかせ、龍景の腰にしがみついている蓮飛の姿はとても可憐だったが、纏う空気は不機嫌そうでありながら闘志に漲ったものだった。
美人が凄むと怖いものである。

気圧されている龍景は慌てて手綱を握り締めた。
雄翔との約束は果たせそうもないので、心の中で謝っていると当の本人が後ろから追いついてきて隣に並んだ。


「おい、龍景!」

「雄翔…すまない。俺には無理だよ…!」


困惑と怒りを浮かべる雄翔に視線を送って謝罪する。
すると、それまで真っ直ぐ前を見ていた蓮飛が彼の方に視線を向ける。

澄みきった真っ直ぐな双色の瞳が彼を射抜く。


「本気で認めさせたいんなら、自分の力で勝ちに行けよ!卑怯な手を使って勝ったって、何の意味もないだろうが!」


裏表のない正しい言葉に雄翔の顔が固まった。


「もちろん、本気でやるさ!だけど、それでも勝てるか分からないじゃないか。どんな手を使ってでも俺は…!」

「雄翔。何を言っているの?」


叫び返す雄翔を凛とした声が遮った。
雄翔の腰にしがみついていた長い髪を一つに結った可愛らしい顔立ちの少女が、厳しい顔つきで彼を見上げた。


「あ、いや…違うんだ、沙耶(さや)。沙耶は何も気にしなくていい」

「そういう訳にはいかないわ。だって、私たち二人のことよ?何をしたの?」

「いや、その…」

「雄翔」


真っ直ぐに見つめる沙耶の瞳の強さは、どこか蓮飛に似ていた。

その様子に慌てた雄翔は仕方なく項垂れて、端的に洗いざらい話す。
それを聞いた彼女は溜息をついて、龍景と蓮飛に詫びた後、雄翔に力いっぱい抱きついて、


「私、貴方とだったら駆け落ちしたっていい。どんな暮らしだって耐えられるわ。貴方は?」

「え。それは俺だって…!」


驚きながらも真摯に答える雄翔に、沙耶はそれまの厳しい表情から一転して嬉しそうに微笑んだ。


「だったら、正々堂々、戦おうよ!」

「…沙耶……そうだな…」


雄翔の顔にはもう迷いはなかった。

その一部始終を見ていた蓮飛は少し呆れたような振りをしながら、沙耶の態度が気に入ったのか、すっかり機嫌を直していた。


「ま、よかったな。これで思いっきりやれるってもんだ」

「そうですね」


にかっと笑って抱きつき直す蓮飛に鼓動を高鳴らせながら、龍景は隣の二人をちらりと見やる。


(あんなことを言ってもらえるなんて、なんて幸せ者なんだ。雄翔のやつ!)


羨ましいと思ってしまった。
自分はこんなに鼓動を高鳴らせる人と一緒にいながら、想いが叶う望みすらないというのに。

男同士なあげく、蓮飛はいまだに自分に心を開いてくれていないように感じられる。
以前よりは親しくなったと思うけれど、それでもまだ遠い。


(蓮飛さん…。それでも、俺は貴方が好きです。いつか、きっと…!)


背中の温もりの重さを感じながら、龍景は手綱を握り直して全速力で駆け出した。



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by穂高 2006/08/15