ふわり。
ふわり。
膝よりかなり上にある裾が揺れる度に、なんだか周囲の視線がちくちくする。
あらわになっている自分の足を隠したくて仕方がない。
よく女はこんな恰好ができるなと、妙な所で感心してしまう。
「…江、俺、帰っちゃだめ?」
「だーめ。」
隣の美丈夫はなぜかご機嫌で、自分を見下ろしては満足げに微笑んでいる。
「その服装に慣れるために、こうして外に出ているのだからね。明日はそれで馬に乗るんだよ?」
「うぅ〜…」
それを言われると、二の句のあげようもない。
そんな小さく唸る彩牙の服装はというと…。
「それに、とても似合っているし。そのミニスカート。あぁ、もちろんその上着も」
薄桃色のミニスカートに、赤いチャイナ服。
上着の袖は長袖で、半分透けて見えるような素材でひらひらしている。
彩牙の二の腕には、さすがに女性には無いしなやかな筋肉がついているので、それを隠すためだ。
そして上着と揃いの、赤い膝下ブーツを履いている。
「嬉しくない…」
がくりと項垂れる彩牙は、すっかり可憐なハイアン美少女に変身していた。
隣を歩く江が『花の妖精のようだ』などと思っているとは、彩牙は夢にも思わない。
「ほら、彩牙。蓮飛のおつかいを済まさなきゃ」
項垂れる彩牙を励ますように江が頭を撫でた。
江と彩牙の本当の目的は、薬草やら何やらを買い出しすること。
当の蓮飛と龍景はレースに使う馬を調達しに行っている。
「ぁ、あぁ……って、何で手を繋ぐんだよっ?」
さりげなく握られた手に顔を赤らめて見返すと、江はわざとらしく溜息を吐いて、
「…彩牙、私たちはカップルレースに出るのだよ?練習だよ」
「なっ!べ、別にこんなの練習しなくても…っ」
「いいから、いいから」
当然のごとくきっぱり断言する江。
彩牙はまるで自分が間違っているような錯覚を覚えてしまい、手を離すタイミングを逃してしまった。
(ぅわ〜〜っ!江のばか!これじゃ、まるで…っ)
デートみたい…?
途端に身体が沸騰する。
「彩牙?どうしたの?」
「な、ななななんでもないっ!」
「?」
彩牙もやっと少し開き直り、なんとか買い出しも終えた二人は、夕の賑わいを見せる店々が並ぶ通りを歩いていた。
相変わらず周囲の視線の的になってしまう彩牙は、身を縮めて江の影に隠れるようにしていた。
その奥ゆかしいともとれる態度が、余計に男性陣を振り向かせているのだが、本人はまるで自覚はない。
「ところで彩牙、明日のレースの役割はどうしようか?」
「役割?」
「的を射る人と、馬を操る人。」
「あぁ…!考えてなかった!」
抱えている荷物を鳴らしながら見下ろす江を見上げる。
自分も持つと言ったのに却下されて手ぶらな彩牙は、はっとして苦笑する。
「う〜ん…。やっぱりここは、銃使いの江が射るのがいいんじゃないか?そもそも、俺には遠距離の武器って持ってないし」
「でも、馬を任せて平気?」
彩牙は故郷から旅立つまで、馬に乗ったことなど片手で数えられるぐらいしかなかった。
いくら動物との意思疎通が得意でも、上手く手綱がさばけるかどうかは分からない。
射る方が楽といえば楽なのだ。
(何か飛び道具があれば…。)
そう思案する彩牙の隣で、江はふととある店先に視線を止めた。
「彩牙、これなんかどうかな?」
「え?投げナイフ?」
8本1組になっている小振りの投げナイフだった。
「剣の扱いには慣れているでしょ?これなら少し練習すればできるんじゃない?」
一つを手にとって確かめてみる。
重すぎず軽すぎず、妙にしっきりと馴染む質量だ。
もともと双剣の使い手である彩牙は、戦闘で剣を投げることもしばしばあった。
「…うん。これならできるかも。買ってくるっ!」
顔を輝かせてぱたぱたと店の奥に入っていった彩牙に、江は思わずくすっと笑った。
しばらくして出てきた彩牙は、さらに笑顔になっていた。
「なんか、値引きしてもらえた!レースに出るって言ったからかなぁ?」
「おやおや」
首を傾げる彩牙に、江は笑った。
おそらく武器屋の店員は、彩牙の可憐な容姿に見惚れて思わずサービスしたのだろう。
そんなことを言えば彩牙がまた黙りこくってしまうので、江は何も語らない。
その代わり…。
「じゃあさっそく宿に戻って、ナイフ投げの練習をしなくちゃね」
「うわぁっ!ど、どこ触って…っ」
「ふふ、練習、付き合ってあげるよ」
「あぁ、ありがとう…って、それはいいから離れろってばっ!」
きわめて自然な動作で彩牙の腰を抱いて、江は歩き始める。
彩牙は真っ赤になって騒ぎ立てるが、微笑みを返されてどうしようもなくなってしまった。
ただ俯いて顔を隠しながら、一刻も早く宿に向かうしかない。
だから江が、彩牙に注ぐ周囲の視線を鋭く睨みつけて牽制していたことには気付かなかった。
そして江もまた、しおらしくなった彩牙の顔が今まで以上に赤いことには気付かないのだった。
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