「お、俺に女装して出ろって!?」
彩牙の情けない叫びが響く。
それを気にする事なく、蓮飛はさも当然と言いたげな顔で頷いた。
「ああ。彩牙なら運動神経良さそうだし、確実だと思うけどな。」
「だ、だからって…俺が女装したってすぐばれるだろ?」
「そうかな?結構可愛いと思うけど。私は個人的に見てみたいな…。」
くすっと微笑み江がそう言うと、彩牙がぎろっとこちらを睨んでくる。
それでも、江の目線から見ると可愛らしく見えてしまう。
「だいたい、それなら蓮飛の方がよっぽど女装が似合いそうじゃん。女の人に負けないくらい綺麗だしさッ。」
「冗談言うな。俺は単に巫女装束を着てるからだろ。それならよっぽど龍景の方がいいんじゃないのか?」
「れ、蓮飛さん…俺みたいに背が高い女の人も珍しいですからすぐばれますよ…。」
龍景が言いながらその端正な顔に苦笑いを浮かべる。
蓮飛は、自分の見た目がどのように周りから受け止められるのか全く理解していない。
一般的に言えば、十分整った…中性的とも言える綺麗な顔のつくりをしているのだが。
「まあまあ。私的な視点から見ると…」
「江?」
江はゆっくり椅子から立ちあがると、彩牙と蓮飛の肩をぽんと叩き、
「二人が女装するのがもっともいい手だと思うけど?」
「「はぁっ!?」」
二人が同時に声を上げる。
「私や龍景が女装をしたのでは妙にごつくなると思うけど。それに遠目から見て身長差があると低い方がそれだけ線が細く見えると思うし。」
「でっ、でも…。」
「それから、私達の体格にあう女性物の服を選ぶとなれば至難の技でしょ?蓮飛はもとより女性物を着られるし、彩牙だってそう寸法は変わらないでしょう?」
「う…。」
「まぁ、一番は、二人が女装した方が見目麗しいというところかな。でしょ?龍景?」
「えっ?あ…はい…。」
いまいち上手く丸め込まれた感のする二人だが、渋々ながら女装に了承したのだ。
「彩牙も災難かもしれないな。蓮飛の思いつきに巻き込まれた形だし。」
「江さん…そのわりには顔が緩んでるように思うんですけど…。」
龍景の指摘通り、楽しげな笑みを零しながら、そんな事を口にしている。
江は蓮飛の持ってきたチラシを見ながら
「それは、嬉しいから。好きな人の綺麗な姿はやっぱり見てみたいし。彩牙は可愛らしいから、きっと抱きしめたくなるほど愛らしい姿になると思うよ。」
龍景は江の言葉を聞きながら、頭の中でふと想像してしまう。
もちろん、彩牙ではなく蓮飛が愛らしく女装をしている姿だが。
「龍景、誰を想像してるの?」
「えっ!?あ、いえ、別に…。」
まだまだ人生経験の差が大きい二人の優位は完全に江にある。
クスクスと愉快そうな笑いをしてから、
「龍景の事だから、蓮飛の艶姿でも想像したんじゃないの?」
「なっ、な、なっ……!」
龍景は分かりやすく真っ赤になりながら口をパクパクさせている。
「ふふ、図星。」
「…ッ、悪いですかっ。」
「ううん、全然悪くないよ。むしろその真っ直ぐさが若くていいと思うけどな?」
完全に手玉に取られているのが分かっている分、龍景はそれ以上言葉を重ねようとはしない。
ここで何か言えばまたそれをからかわれてしまうのは明白だからである。
「ああ、そうそう…分かっているとは思うけど、私は彩牙と一緒に乗るから。」
「分かってますよっ。」
話が何となく終息を迎えた時、隣のドアが開き、二人が入ってくる。
予行練習で、とりあえず女装をしてみて出来映えはどのようなものかを見る事にしたのだ。
ここで、少し時は遡り、二人が別室に入ったところを見てみると…。
「…はぁ…。」
「んだよ、そのため息…。」
「だって、俺が女装するにしたってやっぱ気持ち悪いって。」
「その判断は二人に委ねるって言ったろ。つべこべ言わず着替えろ。」
矢張り未だ割りきれずにもそもそと着替えの進まない彩牙と、思いきり良く割りきり、さっさと着替える蓮飛。ご丁寧につけ毛もある。
「…やっぱ蓮飛だけの方がいい気がする…。」
「あのな。女装大会じゃあるまいし…。とにかく的を射ればそれでいいんだよ。」
「的を射らなきゃダメなのか…ところで蓮飛は何を使うんだ?」
蓮飛に弓や飛び道具の経験があるとは聞いた事がない。彩牙が首を傾げると
「式を使う。そうすればいくら俺でも的には当たる。」
「そ、それっていいのか?」
「陰陽術を使ってはいけないだなんて記載はなかったからな。それに、普通の人には分かりっこねぇよ。」
そういった事への頭の回転はまず働かない彩牙は何も言えずに、美しく女装を施す友人の姿を見るしかなかった。
「ほら、彩牙、何ゆっくりしてんだよ。手伝ってやろうか?」
「えっ、い、いいよっ、もうすぐで終わるから!」
下手をすると化粧までされかねなさそうな様子に、慌てて彩牙は着替える。
「ま、こんなモンだろ。彩牙、見せに行くぞ。」
「え、あっ……うん。」
矢張り未だ躊躇う彩牙を引っ張るようにして、蓮飛はドアを開けた。
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