白い朝日が湖面を照らし、夜の間冷え込んでいた水滴が天に昇華していく。 立ち込めていた朝霧が晴れ始めた頃、四人は出発した。 家の前でだいぶ葎花に引き止められてしまったが、そこは龍景の出番。 上手く宥めて少女を落ち着かせ、さらに彩牙が「この街に来たら、必ずまた会いに行くから」と眩い笑顔とともに約束をした。 そのおかげで、四人は葎花の無邪気な笑顔で見送られて旅立つことができた。 「えーっと、船はどこ?」 「あの桟橋の所で待ち合わせているよ。行こう」 昨日の内に手はずをつけていた船は、一般の運搬船である。 葎花の母親と知り合いだという、初老の男性が仕事ついでに乗せてくれるという。 「おはようございます」 「おぉ、待っとったぞ。昨夜はよく眠れたかい?」 「えぇ、おかげさまで」 にこやかに挨拶を交わす龍景と運搬夫の傍らで、ひょいっと彩牙が船に乗り込む。 どことなく嬉しそうに目を輝かせている彼に、江は笑みを零して後に続く。 「彩牙、もしかして船に乗るのは初めて?」 「うん!俺、ハクシュウから出たことなかったからさ。河下り用の、小さな舟しか乗ったことなくて」 自分の世間知らずさを恥じるように、少し照れ臭そうに笑う彩牙は、とてもほのぼのと愛らしい。 江はくすりと笑みを零して、彩牙の腰にさりげなく手を回した。 「それじゃあ、少し心配だな。船酔いしないといいけれど」 「そうだな………って、何だよこの手は!」 「うん?何って私の手だよ?」 「そういうこと聞いてるんじゃないっ」 そんな二人の様子を見て、龍景と蓮飛は溜息をつく。 「もっとマシな交流手段は無いのか、アイツらは?」 悪態をつく蓮飛に、龍景が苦笑を返す。 その双色の瞳に、ほんの一瞬、影が走ったのに気づかない振りをする。 (蓮飛さんは………、江さんが好き…なのかな…) 蓮飛が江を見つめる視線には、時折何かが含まれている。 気づいてはいたが、龍景は口に出して指摘することができない。 口に出して言ってしまったら、きっと。 (「俺じゃダメですか…?」なんて、言ってしまう…) 相手の弱い所に針を打つような事は、したくなかった。 「さぁて、準備はいいかい?出発するぞ」 運搬夫の呼びかけにより、帆を張り終えた船は穏やかに陸を離れた。 湖の航行は思いの外何も起こらず、平穏無事に湖の中心までやってきた。 一つのことを除いては。 「うぅ…気持ち悪い………吐きそ…」 ぐったりとしつつ縁を掴んでしゃがんでいるのは、蓮飛だった。 色の白い顔がさらに青白くなってしまっている。 どこか色気を感じさせる哀れな姿に、龍景が隣で甲斐甲斐しく世話を焼いていた。 「彩牙より蓮飛の方が船酔いとはね」 「あはは、俺は馬とかそういうの、すぐ乗れちゃうから」 少し離れた甲板に座って、江と彩牙は昼食を取っている。 葎花の母が、昼食にと弁当を持たせてくれたのだ。 美味しいヤトマ料理を嬉しそうにもぐもぐと食べる彩牙を眺め、微笑みながら江も舌鼓を打っていた。 「対岸の邑に着くのは、どのくらいになりそうですか?」 「ここまでは順調だし、風も良好。夕方には着くだろなぁ」 「そうですか、良かった」 運搬夫ともそんな和やかな会話をしていたその時、急に彩牙が立ち上がる。 少し緊張した面持ちで、剣の柄に手を掛けて構え、船縁に近づく。 「彩牙…?一体どうし…」 「おじさんっ、舵を取って!…底の方から何か来るっ!」 鋭い指示を出して双剣を抜いた彼に、江も素早く銃を構え、龍景も抜刀し、へばっていた蓮飛も後方へ下がる。 戦闘態勢を作ったのを見計らったように、すぐに大きく船が揺れて湖面が競りあがった。 津波のようなその勢いの中から現れたのは、何本もの触手を持った巨大な生物。 「ひぃっ、魔物…!?」 「大丈夫だからっ!おじさんはしっかり船を操って!」 悲鳴を上げた運搬夫に、彩牙は檄と共に強い視線を飛ばす。 男は咄嗟に彩牙の言葉を信じた。 それを視界の隅で見ながら、江は迫り来る太い触手に的確に弾を撃ち込んで侵攻を防ぐ。 身の丈が8尺ほどもありそうな巨大な蛸型の魔物は、それでも意に介さずに船を飲み込もうとしてくる。 船を掴まれそうになる度に龍景も切り付けたが、なかなか相手は怯まない。 なにぶん、狭い船の上だ。こちらが分が悪い。 湖中に船ごと引きずり込まれてしまってはお仕舞いだ。 「くそ…さっきの波で札が…っ」 「俺が行く!」 蓮飛の呪符が数枚、使い物にならなくなっていた。 まだ他の符があるが、この詠唱は時間がかかる。船が持ち堪えられるか分らない。 周りの状況を素早く確認した彩牙は、船縁に足をかけて飛び出す。 巧みに触手を踏み台にして魔物の頭頂部まで跳び上がると、清浄な風がその小柄な体躯を取り巻き、彩牙を支えた。 「風牙破斬っ!!」 交差させて掲げた剣を力を籠めて叩き込むように引き下ろすと、凄まじい剣風が魔物の巨体を引き裂いた。 盛大な水しぶきをあげて、絶命した魔物は湖中に沈んでいく。 彩牙は風の名残を纏いながら、見事に甲板に着地する。 「彩牙、怪我は…?」 「大丈夫。」 駆け寄ろうとする三人に、彩牙は笑みを零した。 しかし、解けかけた緊張が刹那にして凍りつく。 「後ろ!!」 「えっ…!?」 振り向いた時にはすでに遅く、もう一体忍んでいた魔物の触手が彩牙の足に絡み付いていた。 江が瞬間的に放った銃弾は命中したのに離れず、彩牙の身体は一瞬にして水中に引きずり込まれる。 「彩牙っ!!」 意識が遠くなる水の中で、彩牙は江の強い呼び声を聞いた気がした。 ----Next----Back----
題は「こくんこちゅう」技名は「ふうがはざん」とでも読んでください。 by穂高 2005/5/15