第34話「十色の風」



一旦引き返してきた四人は、纏わりついてきた葎華を宥めて(宥めたのは主に龍景だが)部屋へ入り、今後の方針を練っていた。


「シュカ京はちょうど湖を挟んだ向こう側にあるから、馬で行くよりも湖を渡ってシュカ京に入って、それから馬を借りてコクトウに入る…が一番いい手立てかな。先に犬ぞりを借りてもいいけど、犬ぞりの場合は返すのが面倒だから、馬のほうが無難だけど」


旅の計画や順路は、たいがい江か龍景が担当する。
そこはやはり冒険者の知恵であるが、龍景の方が日が浅いため、コクトウまでの道程となると、経験豊富な江の出番になる。


「犬ぞりって、あの犬に引かれて雪の上を走るあれ?」

「そう。雪の上では凄く便利な交通手段だけど、馬と違って借りた場所に返却しなきゃならないから、面倒も多いんだ。」


興味津々といった様子で聞く彩牙に、龍景が丁寧に説明する。


「彩牙は楽しみなんじゃない?犬ぞりなんてハクシュウじゃそうそう体験できないから。ハクシュウで貸し出しているとすれば北の国境近くの邑ぐらいだろうし」

「うん、見たことはないけど、母さんに聞いた事がある。体重が軽いと速度が速くなるから、母さんは振り落とされないように必死だった、って。」


『それで、父さんのそりに乗ったんだけどやっぱり恐くて。母さん、父さんの腕に掴まってたら、父さんてば呑気に「平気、平気」なんて言ってるのよ。そうしたら、犬が急に曲がったから二人一緒に落ちちゃって。それでも父さん、笑ってたのよ?』


「母さん、凄く楽しそうに話してた。だから俺も、一度乗ってみたかったんだよな。」

「…素敵な思い出があるんだ。」


江は表情を緩めると、さり気なく相手の腰を抱いて


「それなら、シュカとコクトウの国境で犬ぞりを借りようか」

「それは嬉しいけどさ…何だこの手は!」

「え?何か問題でもあった?」

「大有りだっ!寄るな触るなくっつくなー!手離せ、手!」

「くっついてるんじゃなくて、抱き締めてるんだよ?」

「屁理屈こねるな!どっちにしろ離れろ!」

「やだ。」


また始まった言い合いに呆れたようなため息をつくのが蓮飛。


「ったく…よく飽きないよな…。」

「二人なりの交流なんじゃないですか?」

「それは二人の時にやってて貰いてぇな。」


大げさに肩を竦めてから茶を啜ると、蓮飛は懐からおもむろに布を取り出す。
白く清められたその布を広げると、遺蹟の石だった。


「蓮飛さん、それは…持ってきて良かったんですか?」

「まずいだろうが、あの赤髪が触れていた石から何とか気を辿れないかと思って…ちっと失敬してきた。」


蓮飛は部屋にあった、菓子を入れるための小さな高杯に水を張る。


「蓮飛、あの襲ってきたヤツらの事調べるのか?」


江の手を振り払いながら、彩牙が覗き込む。


「あぁ。あの金髪のヤツは何となく、どういう職種か分かるけど、赤髪は分かんなかったからな。」

「蓮飛、あの人の職種…どうして分かったんだい?」


振り払われてもめげずにまとわりつきながら江が尋ねる。


「陰陽師が同業者の術も見抜けなくてどうすんだよ。」

「同業者って…」

「式神によく似た気をあいつから感じた。あいつの気配がなかったのは、本体じゃなかったからだ。」

「…だそうだよ、龍景。安心した?」

「ぇ」


江は完全に見抜いていたのだ。龍景が身に余るほどの蓮飛への想いに翻弄されていることを。


「…ぁ、はぃ…」

「ふふ…。」


思わず赤くなる龍景の様子を、楽しそうに見る江。


「…何の話だ?」

「あの金髪に気付かなかったのは悪くないって話だろ?」


訳の分かっていない蓮飛、表面の意味そのままに汲み取った彩牙。

結局、江の一人勝ちである。


「…ん〜…無理、か…残っている気が少なすぎる…。」

「うーん…やっぱり捕まえて白状させるしかないよな。」

「でも、なかなかの手馴れみたいだけど…。捕まえるのは至難の業かな…」


あの二人から、自分は彩牙を…好きな人を守れるのだろうか。



いや、守ってみせる。


江は小さく心の中で誓うといつもの様子で話に加わった。





「まだ気付いてない様子だな…。」


じっと鏡を覗き込んで薄く微笑む横顔。顔が整っている分、その冷ややかさが際立つ。


「おいユディ…趣味悪いぜ。」

「俺の趣味じゃない。この少年を帝がいたく気に入られたんだ。何せ『風』だからな…」

「帝の好みは分かんねぇな。」


ガシガシと鮮やかな赤髪を乱暴に掻き混ぜると、大きな欠伸を一つ。


「無駄口を叩いているな、レックス。」

「へいへい…じゃあちょっくら行ってくる。」




…コクトウまで――――な。


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by月堂 亜泉 2005/4/16