「これと…同じ……。」
それ以上は、彩牙の喉が発するのを拒み、空気だけが通りぬけた。
最初に彩牙に声をかけたのは江だった。
「彩牙…大丈夫?」
「うん、平気。平気だから…ただ…。」
―――『ただ、色々な事がぐちゃぐちゃになって、訳が分からない。』
そんな中、蓮飛が石板に近寄りじっと見始める。
その後を、龍景が警戒しながらついていく。
「あぁっ、クソ…何も解読出来ねぇっ…。」
「蓮飛さん…。」
また、美しい蓮飛の表情が険しくなり、苦々しく舌打ちをする。
龍景は慰めようと手を伸ばすが、蓮飛の出す拒絶の雰囲気に手を引っ込める。
「彩牙。どうしてこの隠し部屋が分かったの?」
そういうところはさすが、というべきか。
さり気なく彩牙の肩を抱いて、江が尋ねる。
「はっ、放せよッ!」
「やだ、って言ったら?」
「力づくでも剥がす!」
「ふふ、どうぞ?」
じゃれ合い始めた二人を余所に、蓮飛は真剣な様子で石板の乗る台座を調べる。
ヤトマの筆記具である筆で蓮飛は優しく台座の砂を払っていく。
筆は動物などの毛を束ねた柔らかい素材で、乾いている際にはとても肌触りがよい。
「と …は … しり… よぶ…?…ダメか…ここまで崩れてちゃ意味が汲めない…。」
ガシガシと髪を掻いて蓮飛は這いつくばり、夢中で細かい作業をする。
持ってきたヤトマの文書や辞書ともにらめっこしながら解読を試みる。
「蓮飛さん。」
「…こっちは…ダメか…。」
「蓮飛さんっ。」
「…え?」
少し語調を強くされてやっと気付いた蓮飛が振りかえる。
「やっぱり、昨日からおかしいですよ、蓮飛さん。」
「どこが変だって言うんだよ。」
「…まだ付き合いが短いし、こんな事言える分際じゃないって分かってますけど…。焦り過ぎて、目の前にある事すら気付けていないんじゃないんですか?
先日、彩牙が『風の声』を聞いた時も…そんな風にお一人で焦っていましたよね。どうしてそんなに自分を大切になさらないんですか。」
「…やれやれ、お前は説教魔か…?」
呆れたように肩を竦めて蓮飛は立ちあがり、パタパタと服の汚れを払う。
「大体、何もわかんねぇだろみたいな言い方すんなよな。こんな風化したトコでもちゃんと分かる事はある。お前は諦め過ぎなんだよっ。」
自分よりもかなり背の高い龍景に向かってぴっと指差してから、背伸びをして相手にデコピンする。
「痛ッ!」
「俺は有能陰陽師だぜ。…ナメて貰っちゃ困るんだよ。ちゃんと気の流れも見てるんだからな。」
シニカルな笑みを浮かべて蓮飛は言いきる。
龍景は思わず赤くなりそうな頬を抑えようと何とか努める。
「あっ、蓮飛、何か分かったのか?」
背後霊化した江を何とか引き剥がそうと努力しながら、彩牙が期待に満ちた眼差しを向ける。
「まーな。でも大した事は分かってない。遺跡が東に大きく開けていて、木気をよく取り入れるようになっている事。
そこかしこに用水路の跡があるから、恐らく水が豊かだったんだろう。つまり、ここは木気を集結させる場所…。
風の神殿、といってもいいかもしれないな。とにかく神聖な場所なんだ。」
「…風の神殿…。」
ふわっ、と、また優しい風が彩牙たちの頬を撫でていく。
まるで、その名で呼ばれた事を喜んでいるかのように。
「で、木気を集めるように作られているお陰で、劣化、風化が早い。
もし、別の気を集めるように作られている神殿、もしくはもっと後世の遺跡があれば、もっと情報は増えるかもしれないな。」
「蓮飛、余り情報に拘り過ぎても翻弄されてしまうよ。事実、今だってわかっている事が山積してしまっているんだから。」
「…確かにそうですね。もっと原点に帰る必要があるのかもしれませんね。」
原点、という龍景の言葉に、4人の思考はある事に気づく。
「そうだ、石板!」
「…もしかしたら、この石碑と内容がダブってる可能性もあるな。」
「例え全文が分からなくても、何か手がかりくらいはあるかもしれないし。」
「他の目的地が見つかるかもしれませんしね。」
4人は再び顔を突き合わせ、石板と石碑の解読に挑み始めた。
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