第31話「朽ちかけの残滓」



短剣を両手に舞う時、緊張と高揚する気分が全身を巡り、自分が根っからの剣士であることを自覚する。


「よっと♪こいつで、終わりっ!」


最後の一閃でとどめを刺し、低級魔物は皆、地に伏した。
ほっとして息を吐き仲間を見やると、同様に戦闘態勢を解除しているところだった。

龍景を案内役に遺跡を目指していた一行は、低級魔物の襲撃を受けた。
今までの戦闘を振り返ると不思議な感じもするが、魔物の襲撃自体は珍しいことでは無い。
人の縄張りから外れた、街道沿いや砂漠、海や森など他の野生生物と同じように生息している。
旅人なら戦闘は避けられない。
しかし街から然程離れていないこの場所に出没するのは、力の弱い低級魔物ぐらいで大した戦闘にはならなかった。


「彩牙、大丈夫?」

「んー?平気。…声は、聞こえなかったよ。普通だった」

「そう、ならいいけど…」

「心配しすぎだって!俺だって剣士なんだぜ?戦ったことが無い訳じゃないんだから」


先の異常な中級魔物との戦闘のせいで、彩牙のことに心配性になっている江が真っ先に走り寄ってきた。
そんな彼の気遣いに笑みを返しながら、自身で不思議に思う。

なぜ今回は『風の声』が魔物の言葉を伝えなかったのか。
どうやら伝えられる声は、何でも、という訳ではないらしい。
考えていても仕方がないので、彩牙は思考を切り替える。

色々な騒ぎに紛れてしまい、洞窟にあった鏡の事は、彩牙と江に伝えられていなかった。


「おい、龍景」

「はい?」

「どうして、お前は俺の前から動かないんだっ!」


苛立ったような声に後ろを振り返ると、蓮飛が龍景を睨んでいた。
しかしその様は、まるで猫が毛を逆立てているようで微笑ましく映る。
言われた龍景は龍景で、何故か頬を赤くして固まってしまっていた。


「なっ!そんな事無いですよ!戦っていたら、たまたま蓮飛さんの前に来てしまっただけですっ」

「わざわざ先頭から後衛のココまで下がってか!?」

「う…っそ、それは…っ」


ますます顔を赤らめて言い淀む。
このままではさっきの二の舞になるので、見かねた江が仲裁に入った。
そんな様子を見ていて、彩牙は溜息を吐く。


「龍景、どうしちゃったんだろ…?」


実は、龍景が後退する時に、さりげなく「任せていいな?」と囁かれていた。
頷き返すと、彼は笑みを零して蓮飛の元に駆けて行き、現在に至る。

仲が悪くなった訳ではないのは分かるのだが、彩牙には龍景の行動が不可解だった。
後で本人に聞いてみようかと、彩牙は小首を傾げた。
やっぱり色恋沙汰には疎いのである。







辿り着いた場所は張邑(ちょうゆう)の外れ、湖に面した岸壁だった。
自然に出来た岸壁の窪みに作られたような石の建造物。
所々が風化し、倒れている柱や、落ちた天井の残骸が転がっている。


「うっわー…すげー!」


清らかな光が差し込む遺跡は神秘的で、風景に調和しながらも厳粛な空気が漂っていた。
湖面を滑る風が、ここにも吹き込んできている。その心地よさに、彩牙は瞳を閉じた。
その横を、すっと抜いて蓮飛が足早に遺跡に近づく。


「…だいぶ、風化は進んでるが、保存状態はまずまずだな…。こんな場所が残ってるなんて…」

「あっ、危ないですよ、蓮飛さん!」


蓮飛はどことなく声を弾ませて、龍景の制止も聞かずにどんどんと遺跡の中に入っていく。
壁や柱に触れないように気をつけながらも、じいっと眺めては目を輝かせていた。
その後ろを、龍景が心配そうな顔をしてついて回っている。

思わず、吹き出してしまった。


「ふふ、蓮飛ったらはしゃいじゃって」


隣を見上げると、江も忍び笑いをしていた。


「ほら、ここを見てください」


龍景が指し示した柱の欠けた部分を、4人で覗き込む。
それは確かに、石版に刻まれている文字に良く似ていた。


「…確かに、ヤトマ文字だな」

「なんて書いてある?」

「いや、これは風化が激しくて…文章として読めないな」


蓮飛が小難しい顔をして眉を寄せた。
それを見て少し肩を落としながらも、彩牙はちょっぴり申し訳ない気持ちになる。

本当に最近、眉間に皺を寄せた蓮飛の顔しか見ていない。
せっかくの綺麗な顔が台無しで、少し残念に思ってしまう。
やっぱり後で、リーダーとして龍景に話を聞いてみようかな。


「彩牙、置いて行ってしまうよ?」

「あっ、待てよ!」


考え事をしている内に、仲間たちと距離が離れていた。
慌てて追いかけようとして一歩踏み出した時、急に風が自分を取り巻いた。

柔らかな風は、誘うように壁の隙間に吸い込まれていく。


「何か、あるのか…?」


そっと手を触れる、と。


ドォンッ!


「ぅわわっ!?」


壁だと思っていた石の煉瓦が倒れて砂煙が舞う。
少し咳き込みながらそっと足を踏み入れると、また風が吹き抜けて砂塵を払った。

そっと顔を上げると、そこには──。


「え…?」


溢れる光が差し込む。
まるで聖堂のようなぽっかりと開いた空間。
正面に安置された崩れかけの石版。
その彫刻の中央にあるのは。


「これは…」


目を奪われた彩牙は、右手でそっと左肩を押さえる。
そこには螺旋を描く文様。

目の前にある石版と同じだった。



『風の声を聞け』

父の声が優しい記憶の彼方から召還され、頭の中で反響した。



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by穂高 2005/3/19(Sat)