第30話「結束」



「…こんなもんかな。あんまり難しくても仕方ないしな」


これまで集中して古文書を解読しまとめていた蓮飛は、軋む身体を無理矢理動かし部屋を出る。
昨日、机に向かったまま転寝してしまったのが良くなかったのだろう。
腰を中心にしてミシミシと身体が痛む。

それでも風邪をひかなかったのはこれのお陰だろう。
龍景のかけてくれた毛布。



「よく気が付くっつーか…。気ぃ回しすぎてハゲねぇかな。」


感謝の気持ちを表すのが下手な蓮飛なりの一言。その呟きを本人に聞かせることはないのだが。


「あ〜…腹減った…。」


空腹に導かれながら、蓮飛は書類を持って書斎を出ていった。





「うわー、凄い頑張ったなぁ、蓮飛!」


合流した彩牙が蓮飛の書いた要約文の厚さに驚き感心する。
江と龍景もそれぞれ覗き込んでその仕事振りに感嘆の声を上げた。


「んー…それでもまとめたんだがなー。それ以上無理だった。」


ほっそりとした華奢な見かけによらず、意外にも燃費の悪い…つまり、大食漢の蓮飛は皆が食べ終わった後でも一人小龍包を頬張りながら柳眉を顰める。


「それで、読み解いてみて何か分かった事は?」

「とりあえず、大した収穫は得られてない。…まぁ、そうだな……。まず、ヤトマの残した遺跡っつーのがハイアン全土に広がってる事。 それから、石板に文字を刻むって事は珍しい事。石板に文字を刻むのは、過去の出来事や、隠された真実を刻む事が多い。」

「…隠された、真実……。」


蓮飛の言葉に、彩牙が小さく呟いた。



『追い求めよ、真実の風を。』



それは、一番最初に蓮飛が読んだ石板の一文だ。


蓮飛は、彩牙の表情を見逃しはしなかった。
湖での一件、その以前にも彩牙はたびたび「風の声」を聞いている。
石板の言う『真実の風』というものが彩牙の能力に関連するものならば。

そして、蓮飛が識る世の理さえ巻き込んでいるものだとしたら…?


背中にひんやりとした汗が流れた。
自分が立ち向かうものは、想像を絶する強大なものではないのか…。



そこでふと気付く「違和感」。
いやな空気を纏っているわけでもなく…蓮飛の知り得ない感覚。
その感覚の元を探っていく。…視線?
ひょい、と何気なく顔を上げる。その視線の元は龍景だ。


「おい。」

「あっ、は、はい!?」

「…何首根っこ摘まれたような声だしてんだよ。なんか物凄く言いたそうな顔してるぞ。」


蓮飛に指摘され、微妙に視線を逸らしながら龍景は話し始める。


「はい。…その、昨日、一つ気になる発見をしたんで…。」


明らかに蓮飛へ向けての報告なのに、蓮飛の方に視線を合わそうとしない。
普段の龍景ならば、こっちが何となく目を逸らしてしまうほど人の目を見て話をする。
それが何となく気に入らないのか、蓮飛はわざと顔を覗き込む。


「で?その気になる事ってのは何なんだよ?俺の方を向いて喋れよ。」

「あ、あっ…はい…。」


返事をして一度は蓮飛の方を見るものの、少し経つと再び目線を外してしまう。
少なくとも、蓮飛の知っているいつも通りの龍景の話し方ではない。


(気に食わない事があるならきっちり言えよな…。そういうインケンなのが俺は何より嫌いなんだよっ。)


心の中で小さく悪態をついてみる。
それも仕方のない事だろう。蓮飛はまさか、この温厚な上流の子息が異民族の自分に恋心を抱いているなど、塵ほどにも分かっていないのだから。

そして、自分の中に芽生えつつあるものも。


「…まぁ、それくらいにしておきなよ、蓮飛。…龍景。話を続けてくれるかな?」


恐らくこの中で一番状況を理解しているであろう江は、両者の行動を心の中で楽しみながらも、とりあえずは話を進める。


「あ、はい。それで…葎花に連れていってもらったんです、彼女のお気に入りの場所、と言うところに。大きな、石で出来た建造物がありました。 それで、そこには…石板と同じヤトマの文字が刻まれていたんです。」


その言葉を聞いた瞬間、蓮飛はがたっと椅子から立ち上がる。


「何でそんな重要な事、もっと早く言わないんだよ!昨日のうちにわかっていたら、すぐにでも調べに行ったのに!」

「そんな、俺が帰ってきた時間は蓮飛さんも知っているでしょう?あの時間から調査なんて行ったら危険過ぎます!野犬だって出ないとは限りませんし… それに、こんなに仕事をしているのに強行軍で調査に行ったら、蓮飛さんの身体にも良くありませんっ」


気分が高揚してきた龍景も立ち上がり、蓮飛に向かって少し語調を荒くする。
蓮飛はふっと相手から顔を背けて冷ややかに言う。

そう、まるで『また』殻に篭ってしまったかのように。


「…俺の身体の事なんかどうでもいい。早く手がかりを見つけたい。それだけだ。」

「蓮飛さんっ…!」

「二人とも、待った!」


あやうく喧嘩別れでもしそうな勢いだった二人を止めたのは、彩牙だった。
冷静にさせるために二人を座らせ、至極落ちついた様子で、


「蓮飛。蓮飛が頑張ってる事、俺も、江も龍景も知ってる。ヤトマの文字が読めるのは蓮飛しかいないから、蓮飛にかかる負担はちょっと重いかもしれない。 でもさ、俺達には俺達が得意なように、少しずつでも調べてるんだ。だから、一人でそんなに抱え込んで欲しくないんだよ。 …俺達さ、仲間、だろ?」

「…彩牙。」

「だってさ、お互い気遣いあってるのに喧嘩するって、変じゃん。俺はともかく、過ぎた事をあれこれ言うんじゃなくて…今から、どうしてくかが大事…って思う。 とりあえず、今日はその龍景が発見したっていう遺跡を調べてみようよ。」


にこっと笑む彩牙に、蓮飛の表情がシニカルな笑みに変わる。
小龍包の最後の一個を口に入れてから、蓮飛は立ち上がる。


「超絶お天気男…。…んじゃリーダーの言う通り、その遺跡に行くかー。」

「ええっ!?俺、いつからリーダーになったの?」

「今から。」

「いいんじゃないかな?ちゃんと仲間の仲裁も出来る辺り。」

「ちょっ、年から言ったら江がリーダーだろ!?」

「いや、俺はいいと思うけどなぁ。」

「龍景までそんな事!」


ぎゃあぎゃあと騒ぎ立つ中、蓮飛はそっと彩牙の近くに行き、彼には珍しいフレーズを呟いた。


「…ありがとな。」

「…へへっ。どういたしまして☆」




4人は揃って、例の遺跡目指して出発したのであった。



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by月堂 亜泉 2005/3/17