凄く清々しい朝だった。 寝台の権利を彩牙に譲ったため、床敷きで少々肌寒い事は否めないが、寝台で心地よさげに眠る彩牙を見るだけで、江の表情は和らぐ。 実のところ前日は一睡もしていない江である。 江ほどの冒険者になると、単独で危険な任務につく事も多い。 そのため、野犬や魔物の見張りは寝ずに行わなくてはならないため、徹夜には慣れている。 しかし、これほど精神的に緊張したまま起きていたのは正直辛かったらしく、安心した昨晩は環境がお世辞にもいいとは言えない環境で熟睡したのである。 「彩牙…。」 いつから彩牙にこんなに心奪われていたのか、江自身もはっきり言えない。 しいて言うなら、出会ったとき既に、だと江は答えるかもしれない。 とにかくも、この少年は手練手管を熟知している江に、まるで初めて恋を覚えた少年のように、甘い恋心を抱かせている。 「…好きだよ。」 眠る相手に小さく声をかけ、そっと起こさないように髪に触れる。 日の光を浴びた蜂蜜のように、琥珀の輝きをした彩牙の髪の手触り。 それは、手にしっくりと馴染む絹のように美しかった。 程よく日に焼けた健康的な肌。滑らかな頬。 そして、あどけない寝顔。 (これほど寝顔を凝視している事が分かってしまったら、きっと彩牙は顔を真っ赤にして怒るんだろうな…。) 次の行動が読めてしまうくらいに単純で純粋な彼。 それもまた、江にとっては惹かれてしまう彩牙の魅力である。 思わず口元が綻んでしまう。 「さて…と。そろそろ仕度をしなくちゃならない刻限かな。彩牙…起きて。」 「…ん〜…。」 むにゃむにゃと赤子の喃語のように何事か呟いて、彩牙は目を覚ます。 それを見計らって、江は頬を合わせ、耳元に口付けの音を聞かせる。 「んわぁぁっ!?」 素っ頓狂な声を上げて目を丸くしつつ、見る見るうちに赤く染まっていく相手の表情を楽しそうに見ながら、江はにこっと微笑み、 「おはよう、彩牙。龍景と蓮飛の所へ行って、何か収穫が合あったか聞きに行こう。…って、何?その目は。」 明るい江の様子とはうって変わって、キッと相手を睨む彩牙。 「今の、何だよ!?起き抜けにいきなりっ!」 「何って…挨拶。唇は触れてないんだし、そんなに怒る事かな?」 「挨拶って…お前なぁっ!」 彩牙の怒声を背中で聞きながら、江は嬉しそうに微笑んでいた。 出来心ではなく本気で彼を組み敷いた事で、一時的に関係がギクシャクした。 だから、江は内心失敗したと思っていたのだ。 あの時、心にはなくとも「冗談だ」といって切り捨てれば、彩牙の中では嫌な記憶として残っても、江を責める事で済むのだから。 それが出来なかった。今までになく「本気」だったから。 だが、この利発で優しい少年は、冗談で済まさなかったからこそ、江の気持ちにも、正直に答えてくれたのだ。 それが例え、今は曖昧糢糊でも…一縷の望みを残してくれている。 (だから…何度でも。君に想いを伝えるために…) 「朝は、市場の食堂で食べようか。」 「市場の食堂?いいな、それ。」 「それじゃ決まり。美味しいと評判の場所を聞いたから。龍景達に会いに行くにしても、時間的に丁度いいだろうし。」 「うん、じゃあ行こう!俺、腹減ってるからさ。」 嬉しそうに駆け出す彩牙の隣に行き、歩き出す江。 (彩牙。私は本気なのだから、覚悟していて…?) ----Next----Back----
題名は「爽やかな朝に心に誓う」を振り仮名ひっつめただけ。 四字熟語的な意味さっぱりないです。 by月堂 亜泉 2005/2/10