第27話「ティータイム」



龍景と蓮飛が葎花の家に残って、調べものをしている頃。
江と彩牙は、街に繰り出していた。
葎花の家に大勢で滞在するのも無理なので、とりあえず今夜の宿探しである。

江は相変わらず、どことなく体裁を繕っていた。
それを彩牙もなんとなく察しながら、それでも気づかない振りをした。

自分はまだよく理解していない、という自覚だけはあったから。

「なぁ、しばらくシュカに滞在、だよな?」

少し顔を上げて隣を歩く美丈夫を見上げる。
江はその美貌によって立ち止まってしまう女性たちに、軽く笑みを返していた。
どうやらシュカに来ても、彼の人気は変わらないようだ。

「そうなるだろうね。石版を解読してここまで来たけど…、この先は全く予想していないから」
「だよな。何か手がかりが見つかればいいんだけど…」
「焦っても仕方がないよ。とりあえず、向こうは蓮飛に任せて私たちにできることをしよう」

眉を寄せて難しい顔をする彩牙に、江は苦笑した。
彼の言う事はもっともなので、彩牙はそっと肩の力を抜いた。

「うん、それしかないよな…………あ!」
「うん?どうしたんだい彩牙?」
「可愛いっ!!」

軽く驚いている江を放って、彩牙は通り沿いの店の陳列棚に駆け寄る。
そこは菓子屋らしく、色とりどりの菓子が並んでいた。
その中の一つ、鳥の形をした、薄紅色の饅頭らしきものに彩牙は目を輝かせた。
黒胡麻のつぶらな瞳が愛くるしい。

「あぁ、これがシュカの名物だよ」
「さっき蓮飛が言ってたやつ?」



食べてみたい。

じーっと見つめていると、くすりと笑う江の声が聞こえた。

「買ってあげようか?」
「いいの!?ありがとうっ!」

思わず満面の笑みを振り向き様に返すと、江は少し目を丸くしてそれから柔らかく微笑んだ。
ぎくしゃくした空気は、いつの間にか無くなっていた。






手頃な宿を見つけ二人部屋を二つ確保して、江と彩牙はやっと荷を降ろした。
まだ外は明るい。窓を開けた彩牙は、吹き込むそよ風に目を細める。

「彩牙、お茶を淹れたよ」
「あぁ、ありがと。じゃ、さっそくいただきまーす」

いそいそと卓について、先ほど買った菓子をぱくりと齧る。
口の中に小豆の上品な甘さが広がり、自然と口元が綻んだ。
茶を啜りながらそれを満足げに見ていた江は、ふと言葉を零した。

「彩牙の笑顔を、こうして見ることができて嬉しいよ」

それは少しばかり彩牙の心の中の何かを掠めて響いたので、彩牙は不思議そうに視線を送る。
すると江の笑みは艶やかさを増した。

「もう…私には見せてくれないかとも思っていたから…」
「あ……」
「彩牙……」

カタリと小さな音を立てて立ち上がり近づいてくる江に、身体が強張る。
鮮やかに蘇る昨夜の記憶。頬が熱くなる。
反射的に逃げようとする身体を、なんとか言い聞かせて押し留める。

「…こ、江……あ、き、昨日言ってたこと、なんだけど…っ」
「うん…」

冗談だと決め付けられないほど、真剣な目をしていた彼には、伝えなければ。

「その……っ」
「……遠慮はいらないよ?」
「ちがっ…あのな………っ」


精一杯の、自分の答えを。

「………わかんないんだ…」

勇気を振り絞って、紡いだ声は思いの外小さく、情けなかった。
それでも江の耳には届いたのか、彩牙の前で立ち止まり静かに見つめている。
柔らかい沈黙が、先を促した。

「わかんないんだ…。俺、恋とか愛とかそういうのよく分かんなくて…っ。まだ、人を好きになった事もないしっ。それに江と知り合ってまだあんまり経ってないし。どう思ってるのか、自分でもわかんなくて…っだから…その…っ」

椅子に座ったまま見上げて必死に訴える彩牙に、江はくすくす笑い出した。

「なっ、何だよ…っ!」
「いや…なんだか安心して。…振られるのも覚悟しちゃっていたから」
「ふ、振ら…っ!?」

そういえば、NOと言っていたら、自分はこの美丈夫を振るということになるんだなぁと、彩牙は何となく妙な感慨を持ってしまう。

「よかったよ…とりあえずは、嫌われてはいないみたいだしね」
「当たり前だろ…。仲間なんだから」

なんだか照れ臭くなってそっぽを向いた彩牙に、笑いを収めた江はすっとその指の長い手を伸ばす。 思わずびくっと肩を揺らして、瞬時に怯えた表情を見せてしまう。

が、江の手は止まらず、彩牙はぎゅっと目を瞑る。


しかし。

───ぽふっ。


「ぇ…?」

自分のものより幾分大きい彼の手は、予想に反して頭の上に置かれ、優しく髪を撫でた。

まるで幼い頃、父親にしてもらったのと同じような。

「そんなに緊張しないで?無理強いはしないから。」

狭められた切れ長の瞳が、穏やかにけれど真っ直ぐ注がれる。

「こんなんで……いい…のか?」

「十分だよ。君に届くまで言い続けるから…。好きだよ、彩牙…。」

戸惑う彩牙に落とされた囁きは、甘く空気に溶けて。
彩牙は、赤く染まった顔を傾き始めた太陽のせいにした。


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別名「お友達から始めましょうの巻」
by穂高 2005/2/8