龍景と蓮飛が葎花の家に残って、調べものをしている頃。 江と彩牙は、街に繰り出していた。 葎花の家に大勢で滞在するのも無理なので、とりあえず今夜の宿探しである。 江は相変わらず、どことなく体裁を繕っていた。 それを彩牙もなんとなく察しながら、それでも気づかない振りをした。 自分はまだよく理解していない、という自覚だけはあったから。 「なぁ、しばらくシュカに滞在、だよな?」 少し顔を上げて隣を歩く美丈夫を見上げる。 江はその美貌によって立ち止まってしまう女性たちに、軽く笑みを返していた。 どうやらシュカに来ても、彼の人気は変わらないようだ。 「そうなるだろうね。石版を解読してここまで来たけど…、この先は全く予想していないから」 「だよな。何か手がかりが見つかればいいんだけど…」 「焦っても仕方がないよ。とりあえず、向こうは蓮飛に任せて私たちにできることをしよう」 眉を寄せて難しい顔をする彩牙に、江は苦笑した。 彼の言う事はもっともなので、彩牙はそっと肩の力を抜いた。 「うん、それしかないよな…………あ!」 「うん?どうしたんだい彩牙?」 「可愛いっ!!」 軽く驚いている江を放って、彩牙は通り沿いの店の陳列棚に駆け寄る。 そこは菓子屋らしく、色とりどりの菓子が並んでいた。 その中の一つ、鳥の形をした、薄紅色の饅頭らしきものに彩牙は目を輝かせた。 黒胡麻のつぶらな瞳が愛くるしい。 「あぁ、これがシュカの名物だよ」 「さっき蓮飛が言ってたやつ?」 食べてみたい。 じーっと見つめていると、くすりと笑う江の声が聞こえた。 「買ってあげようか?」 「いいの!?ありがとうっ!」 思わず満面の笑みを振り向き様に返すと、江は少し目を丸くしてそれから柔らかく微笑んだ。 ぎくしゃくした空気は、いつの間にか無くなっていた。 手頃な宿を見つけ二人部屋を二つ確保して、江と彩牙はやっと荷を降ろした。 まだ外は明るい。窓を開けた彩牙は、吹き込むそよ風に目を細める。 「彩牙、お茶を淹れたよ」 「あぁ、ありがと。じゃ、さっそくいただきまーす」 いそいそと卓について、先ほど買った菓子をぱくりと齧る。 口の中に小豆の上品な甘さが広がり、自然と口元が綻んだ。 茶を啜りながらそれを満足げに見ていた江は、ふと言葉を零した。 「彩牙の笑顔を、こうして見ることができて嬉しいよ」 それは少しばかり彩牙の心の中の何かを掠めて響いたので、彩牙は不思議そうに視線を送る。 すると江の笑みは艶やかさを増した。 「もう…私には見せてくれないかとも思っていたから…」 「あ……」 「彩牙……」 カタリと小さな音を立てて立ち上がり近づいてくる江に、身体が強張る。 鮮やかに蘇る昨夜の記憶。頬が熱くなる。 反射的に逃げようとする身体を、なんとか言い聞かせて押し留める。 「…こ、江……あ、き、昨日言ってたこと、なんだけど…っ」 「うん…」 冗談だと決め付けられないほど、真剣な目をしていた彼には、伝えなければ。 「その……っ」 「……遠慮はいらないよ?」 「ちがっ…あのな………っ」 精一杯の、自分の答えを。 「………わかんないんだ…」 勇気を振り絞って、紡いだ声は思いの外小さく、情けなかった。 それでも江の耳には届いたのか、彩牙の前で立ち止まり静かに見つめている。 柔らかい沈黙が、先を促した。 「わかんないんだ…。俺、恋とか愛とかそういうのよく分かんなくて…っ。まだ、人を好きになった事もないしっ。それに江と知り合ってまだあんまり経ってないし。どう思ってるのか、自分でもわかんなくて…っだから…その…っ」 椅子に座ったまま見上げて必死に訴える彩牙に、江はくすくす笑い出した。 「なっ、何だよ…っ!」 「いや…なんだか安心して。…振られるのも覚悟しちゃっていたから」 「ふ、振ら…っ!?」 そういえば、NOと言っていたら、自分はこの美丈夫を振るということになるんだなぁと、彩牙は何となく妙な感慨を持ってしまう。 「よかったよ…とりあえずは、嫌われてはいないみたいだしね」 「当たり前だろ…。仲間なんだから」 なんだか照れ臭くなってそっぽを向いた彩牙に、笑いを収めた江はすっとその指の長い手を伸ばす。 思わずびくっと肩を揺らして、瞬時に怯えた表情を見せてしまう。 が、江の手は止まらず、彩牙はぎゅっと目を瞑る。 しかし。 ───ぽふっ。 「ぇ…?」 自分のものより幾分大きい彼の手は、予想に反して頭の上に置かれ、優しく髪を撫でた。 まるで幼い頃、父親にしてもらったのと同じような。 「そんなに緊張しないで?無理強いはしないから。」 狭められた切れ長の瞳が、穏やかにけれど真っ直ぐ注がれる。 「こんなんで……いい…のか?」 「十分だよ。君に届くまで言い続けるから…。好きだよ、彩牙…。」 戸惑う彩牙に落とされた囁きは、甘く空気に溶けて。彩牙は、赤く染まった顔を傾き始めた太陽のせいにした。 ----Next----Back----
別名「お友達から始めましょうの巻」 by穂高 2005/2/8