「…して、ヤトマは滅び…。」
途中まで読み進めた後蓮飛はため息をついて本を閉じた。
「ちっくしょー…もう少し具体的に書けってんだ!比喩的なのがヤトマ文書の特徴だけどよ…。」
文書を読んで小一時間…大した収穫もなく、集中力のある蓮飛もさすがに気が散ってきたらしい。
椅子から立ち上がり窓の外を見る…と、そこには無邪気にはしゃいでいる葎花の姿。
「ヤトマ…か。」
葎花の母親の敬虔な態度からして、夫はよほど古式な家の出だったのだろう。
しかし、葎花はそんな事を気にも留めず、どちらかというとハイアン人の文化を良く吸収している。
「…あの子も…俺と同じ…」
呟いてからすっと双色の瞳を伏せ、自嘲気味に微笑する。
そのとき、後ろの戸を叩く音が蓮飛の耳に届く。
「失礼いたしますわ。お茶が入ったので宜しかったらどうぞ。」
「お構いなく。…むしろ俺達は、故人の物を漁っている身なんで…お気遣いは無用です。」
「そんなことありませんわ。親戚に縁遠い私達は、こうしてお客をもてなす事も少ないのですから、遠慮せずに受けてくださいな。」
蓮飛がヤトマ風の格好をしている事から、夫人は気を使ったのだろう。
置かれた飲み物は萌黄色をした薫り高いヤトマの茶であった。
椅子に座って、その香りを切ない想い出と共に噛み締める。と、
「…それに、貴方の彼をうちの葎花にお貸しして頂いてるんですもの。」
この時、蓮飛は自分が茶を口に含んでいなかった事を後々、どれだけ安堵した事か。
余りに予想外な夫人の台詞に、吹いてしまったからだ。
「お、お言葉を返すようで…何を誤解しているか知りませんけど、アイツは単なる旅の仲間というか、俺の雇っている冒険者です。何より、俺はれっきとした男です。」
「えっ…!?」
「俺は男巫女…陰陽師です。このなりは一応…力を増強させる、いわば西域の神官服のようなものなんで。」
俺、という一人称にも関わらず、夫人はすっかり蓮飛を女だと思い込んでいたらしい。
目を丸くさせてしげしげと蓮飛を見つめている。
お陰で葎花も同じ勘違いをしているかも知れないのでは、と少しだけ蓮飛は不安になる。
「ごめんなさい、てっきり女性かと思って…。」
「…別に、良いんですけど。」
こういう時、微笑む事の出来ない自分が歯痒い。
微笑む、という行為を今までにした事があるだろうか。
ふいに、窓の外に視線を向ける。
楽しそうに、無邪気に微笑む葎花。
同じハーフでも、育ちでこれほどまでに違うのだ。
「忌…か。」
「えっ?」
「いえ、何でもないです。」
「そうですか。…ああ、すっかりお邪魔してしまいましたわね。どうぞ、調べ物を続けてくださいな。」
戸が締まる音を遠い意識の中で聞きながら、蓮飛は外を見ていた。
花のように微笑む少女と、晴れやかな笑みを浮かべる青年を見ながら、
彼は、彼の中では精一杯微笑んだ表情を。
他者から見れば、今にも泣いてしまいそうな哀しげな表情を浮かべていた。
|