第26話「斜陽」



「…して、ヤトマは滅び…。」

途中まで読み進めた後蓮飛はため息をついて本を閉じた。

「ちっくしょー…もう少し具体的に書けってんだ!比喩的なのがヤトマ文書の特徴だけどよ…。」

文書を読んで小一時間…大した収穫もなく、集中力のある蓮飛もさすがに気が散ってきたらしい。
椅子から立ち上がり窓の外を見る…と、そこには無邪気にはしゃいでいる葎花の姿。

「ヤトマ…か。」

葎花の母親の敬虔な態度からして、夫はよほど古式な家の出だったのだろう。
しかし、葎花はそんな事を気にも留めず、どちらかというとハイアン人の文化を良く吸収している。


「…あの子も…俺と同じ…」

呟いてからすっと双色の瞳を伏せ、自嘲気味に微笑する。
そのとき、後ろの戸を叩く音が蓮飛の耳に届く。

「失礼いたしますわ。お茶が入ったので宜しかったらどうぞ。」
「お構いなく。…むしろ俺達は、故人の物を漁っている身なんで…お気遣いは無用です。」
「そんなことありませんわ。親戚に縁遠い私達は、こうしてお客をもてなす事も少ないのですから、遠慮せずに受けてくださいな。」

蓮飛がヤトマ風の格好をしている事から、夫人は気を使ったのだろう。
置かれた飲み物は萌黄色をした薫り高いヤトマの茶であった。

椅子に座って、その香りを切ない想い出と共に噛み締める。と、


「…それに、貴方の彼をうちの葎花にお貸しして頂いてるんですもの。」


この時、蓮飛は自分が茶を口に含んでいなかった事を後々、どれだけ安堵した事か。
余りに予想外な夫人の台詞に、吹いてしまったからだ。

「お、お言葉を返すようで…何を誤解しているか知りませんけど、アイツは単なる旅の仲間というか、俺の雇っている冒険者です。何より、俺はれっきとした男です。」
「えっ…!?」
「俺は男巫女…陰陽師です。このなりは一応…力を増強させる、いわば西域の神官服のようなものなんで。」

俺、という一人称にも関わらず、夫人はすっかり蓮飛を女だと思い込んでいたらしい。
目を丸くさせてしげしげと蓮飛を見つめている。
お陰で葎花も同じ勘違いをしているかも知れないのでは、と少しだけ蓮飛は不安になる。

「ごめんなさい、てっきり女性かと思って…。」
「…別に、良いんですけど。」

こういう時、微笑む事の出来ない自分が歯痒い。
微笑む、という行為を今までにした事があるだろうか。

ふいに、窓の外に視線を向ける。

楽しそうに、無邪気に微笑む葎花。


同じハーフでも、育ちでこれほどまでに違うのだ。


「忌…か。」
「えっ?」
「いえ、何でもないです。」
「そうですか。…ああ、すっかりお邪魔してしまいましたわね。どうぞ、調べ物を続けてくださいな。」

戸が締まる音を遠い意識の中で聞きながら、蓮飛は外を見ていた。



花のように微笑む少女と、晴れやかな笑みを浮かべる青年を見ながら、


彼は、彼の中では精一杯微笑んだ表情を。



他者から見れば、今にも泣いてしまいそうな哀しげな表情を浮かべていた。



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by月堂 亜泉 2005/2/7