朝から変な空気が漂っていた。
彩牙は憔悴していながらもどこか緊張したような顔をしているし、江はいつも通りに見えるけれど、何となく彩牙と距離をあけているようにも見える。
龍景は彩牙を心配しながらも何か思い悩んでいる風だ。
「…はぁ。」
あまりの気まずさに、蓮飛は箸を置く。
普段は見かけによらず大食いの蓮飛だが、さすがにこの状態では食べづらい。
最後に胡麻団子を指で摘んで口に放り込んでから食事を終了する。
「今日はシュカに入るんだ、分かってるよな…彩牙。」
「え?あ、うん…分かってる。」
目の前の膳に余ったものを箸でつつきながら何事か考えていた彩牙は、蓮飛の言葉に少し遅れて反応を返した。
「なら、お前が先駆やれ。」
茶を啜りながら蓮飛は提案というより命令に近い口調で言う。
「…それって…。」
「お前が先頭を走れって事。ここからシュカまでは、道は細いけど一本道だ。…いいな?」
「うん…分かった。」
「それから……どこか身体が痛むなら薬をやるから早く言えよ」
「…うん…」
身体の傷なら、治してやれるから…と蓮飛は心の中で呟く。
おそらく、彩牙と江の間に何かがあったのかは確かだ。
一連の江の状態から察するに、一線を超えた…?
蓮飛は、小さな胸のざわめきを感じていた。
江のルックスや奔放な性格、それらは蓮飛にとって新鮮だった。
そして、彼自身気付かないうちに、憧れより強いものを抱いていた時期もあった。
蓮飛はもうすでに想いが風化していると思っていたのだが…。
(あぁっ、クソッ…何で、こんなに苛立ってんだよ…。)
胸のざわめきを感じると共に、フラッシュバックしてきたのは昨晩のぬくもり。
抱きすくめられたその腕は、暖かくて、優しくて…
蓮飛にとっては、恐怖…だった。
複雑な事情から、人から「与えられる」温もりに対して「免疫」のない蓮飛。
「…はぁ。」
もう一度ため息をつくと、蓮飛は部屋に戻る。
それを皮切りに、といった様子で他の3人も部屋に向かう。
気まずい空気のまま。
「じゃあ、出発するから。」
まだ、少し違和感の残る彩牙の様子。彩牙と同乗しているのは龍景だ。
蓮飛は江の後に乗り、事の顛末を聞く事にしたのだ。
「江、俺は言ったぞ?彩牙には手を出すな、って。」
「…蓮飛。」
「何だよ。」
「ダメだと言われても、今度ばかりは出来ない。」
「星に過ちがあっちゃいけない。彩牙は、輝ける星だ。それを乱しては、お前の星は曇る。勿論、彩牙の星もだ。」
真剣な、それでも前を行く二人に聞こえないような大きさで蓮飛は言う。
すると、江は思いもかけない言葉を蓮飛に返す。
「星は変えてみせるさ。私の純粋な想いでも、彩牙の星が曇るなら…その分を私に加えてもらうように願うだけだよ。」
「……江……」
不思議な沈黙が、その場を包む。
解決策を見出せないまま、4人は馬を走らせ、シュカを見下ろせる小高い丘までやってきた。
そこには、切ないくらい爽やかな風が吹きぬけていた。
|