第19話「魔の慟哭」



暗闇を引き裂く狂音。
襲いかかる鉤爪が一瞬怯んだその隙を、龍景は逃さなかった。
敵のあらわになった急所を横一閃で断ち切り、次々薙ぎ払いながら振り返る。


「蓮飛さんっ、これは!?」
「鏡を壊した!今なら勝てる!」


きりりと眉を寄せて敵を睨みつけている蓮飛が素早く詠唱すると、龍景の背後から稲妻が走る。


「はい!」


白い衣が美しく翻るのを確認すると、疑問を持つよりも先にやるべき事を為すため、龍景は悶えるように暴れ始めた敵の群集に身を躍らせた。





空間を引き裂いた音に甲羅蜥蜴が呼応して甲高い咆哮を上げたかと思った刹那、彩牙の後方からもの凄い突風が吹き込んだ。


「なに…っ!?」


彩牙は吹き飛ばされないように身体を堅くする。
その風は今までの停滞し、腐敗したようなものではなかった。
彩牙が慣れ親しんだ外界の清涼が、陰欝な森を吹き抜けて邪な影を取り去っていく。
まるで息吹を取り戻したかのように、それは森ごと蘇生させていくような気がした。


「彩牙、そこから動かないで」


応戦していた江は反射的に身を引いて、身構えつつ敵と彩牙の間に入った。
はっとして甲羅蜥蜴を見ると、何かに苦しむようにもんどり打っていた。
何かに叫ぶような咆哮は、悲鳴に近く感じられる。


『────』
「え……?」


風が取り巻く。洞窟が軋む。その轟音の中。紛れ込む。
何か。


『────』


双剣を構えている彩牙は、困惑に瞳を揺らす。
この感じは、あの時と同じ。昨夜の、襲撃の。


「早めに決着をつけた方が良いようだ…」


彩牙を庇うように立つ江は呟くと、暴れまわる魔物に照準を合わせ地面を蹴った。
甲羅蜥蜴の絶叫は、なおも止まない。
狂ったように咆哮をあげながら、無茶苦茶に手足を振り回している。


「なんだよ…それ…」
『────』


躍り出た江が軽やかに衣を翻しながら銃を撃つ。
一発。二発。三発。
弾丸が甲羅蜥蜴の足を掠り、蒼い鮮血が飛ぶ。
また迸る悲鳴が彩牙の耳を貫く。


『────』
「なんで…なんで、お前はこんな……っ」


目を見開いて二人の戦闘を見つめる彩牙は、信じられないものを見るような顔をした。
その瞬間、風が一際強く吹き込んだ。


『────』


洞窟を揺るがす、絶叫。
顕わになった急所。
江の目が鋭い光を走らせる。


「…………ぁ…っ」


叫ぼうとした声は、萎縮した喉に塞き止められ、掠れた空気が肺から出るだけで。
縫いとめられているかのように、身体も動かない。
彩牙の目前で舞う夜黒の彼は、容赦なく鋭い一発を放った。
それは空気を裂き、甲羅蜥蜴に突き刺さる。
土砂崩れのような轟音と、地震のような長い咆哮をあげて甲羅蜥蜴は崩れ落ちた。


『────』
「!」


最期の、それは。

まるで、慟哭。

見開いた目が、更に開かれていく。言葉は出ない。
また風が吹き抜けて完全に甲羅蜥蜴は息絶え、そして舞い上がった粉塵が収まり始める。


「ふぅ…、なかなか手こずらせてくれた」
「…………。」
「彩牙?」


肩から力を抜いた江が振り返るが、彩牙は驚愕の色を顔に乗せたまま微動だにしない。
不審そうな江の声は、彩牙の耳には届いていなかった。
それはリピートされる言葉に支配されている。

風が伝えた、悲壮な声。


『苦シイ!苦シイ!苦シイ!苦シイ!』


  『痛イ!痛イ!痛イ!痛イ!』


  『助ケテ!助ケテ!助ケテ!助ケテ!』


そして、最期に。


『殺シテクレ!!』





「どうして……」


震える唇から漏れた言葉は、静寂を取り戻した洞穴に響いて消えた。





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by穂高 2004/12/11