「蓮飛さん、香茶が入りましたよ。熱いから気をつけてくださいね。」 「ああ。」 蓮飛は先ほどからずっと地図や石板、文献を読みふけっている。 部屋に入ってからろくに荷物の整理もせずにそうしているのだから、集中力は並大抵の事ではない。 思わず手持ち無沙汰になった龍景は、蓮飛の荷物と自分の荷物の整理に、邪魔にならない程度の軽い掃除と、そして今お茶を入れてきたのである。 (蓮飛さんって、本当に綺麗な人だよなぁ…女性にも負けないくらい…) 「熱っ!」 蓮飛の声に、ハッと現実へ引き戻される。 「えっ!?あぁっ、蓮飛さん、だから気をつけてくださいって…。」 先程のは恐らく、集中していたための生返事だったのだろう。 「あ〜…舌痛い…。」 そう言って出した蓮飛の舌は少し赤みを増していた。 思わず心臓が跳ねるのが分かり、動揺する龍景。 (どうしてこんなに…ドキドキしているんだろう…。) 自分で表情に正直に出てしまうのを多少は理解しているため、思考の転換を図る。 「蓮飛さん、水、飲みに行きましょう。」 「いや、いい…平気だから。」 「ダメですよ、火傷してるんですから…。」 手を引くと思った以上に力が入り、ぐんと顔が近づく。 「あっ、えっと、あの…す、すいません。」 「何謝ってんだ?俺が勝手に火傷したのに。」 「い、いえ…その。」 必死に誤魔化そうとするが、蓮飛は余り感知していないらしい。 小さく肩を竦めて諦めたように 「ま…口ン中だからすぐ治るだろうし、それに…。」 蓮飛が言葉の全てを言い終わらないうちに、貫くような鋭い音と鈍く不快な音が合わさり耳を劈く。 その次に飛んできたのは布を裂くような叫びと、波のように伝播するどよめきと、人々の流れによるけたたましいほどの足音。 「…何だ、この感じ…。人じゃない。邪な者の気配だ…!」 「えっ…?」 龍景が理解するより早く、蓮飛は駆け出していた。 袴の裾と袖を翻し、まるで蝶の様に階段を降りていく蓮飛。 見惚れてしまう自分の思考を余所へ追いやり、後を追う。 「蓮飛さん!」 「こいつは…朽ちた羽根を持つ魔物だな。神の使いが邪に魂を売った…堕落した魔物の典型だな。」 巨大なそれが羽ばたくたびに血が固まったような不透明な赤茶の羽根が落ち、不気味な鳴き声と共に悪臭がする。 「龍景、蓮飛!」 走ってきたのは、彩牙。少し後方から江もやって来た。 「…なんでお前、前はだけてんの?」 こんな時でも冷静に蓮飛は彩牙の衣服の乱れに指摘を入れる。 思わず彩牙は真っ赤になって慌てて前を合わす。 「なっ、な、何でもない!それよりアイツ、アイツをどうにかしないと!」 彩牙の反応と、後から来た江のしたり顔に蓮飛はため息をつき、 「この非常事態にヨロシクやってんなってんだよっ。」 「うん?逆だよ。しようと思ったら邪魔が入ったんだから。」 「なっ、江!お前なぁぁっ!」 「彩牙、ともかくあのモンスターをどうにかしないと。自分で言っただろう?」 龍景が大きな剣を構えながら彩牙を促すと、腰から双剣を取りだし構える。 江は少し後方で銃を構え、蓮飛は何やらぶつぶつ呪文を唱えている。 「はあああっ!」 龍景と彩牙がほぼ同時に左右から飛び出しきり込みにかかる。 しかし、敵は曲がりなりにも翼を持っているため、危険になると飛びあがってしまう。 「くっそ、あの羽さえなければ…。」 「そう言うときこそ、私に任せてもらいたいな。」 自信に満ちた笑みを浮かべながら江がすっと銃を構える。 西域の最新型と言う銃は、銀色の色調が彼に良く似合っていた。 腹に響くドムッと言う音がした瞬間、魔物は斬首されたもののような耳障りな鳴き声と共にもんどりうって地に落ちる。 「よっし、これで行ける…!」 「うわっ、彩牙、気をつけないと反撃される!」 それでも抵抗し、羽根や嘴で応戦してくる魔物に苦戦させられる。 その時、ふっと蓮飛が空を仰ぎ、 「2人とも、下がってろ!」 反射的に2人がザッと後退すると、蓮飛は札を空に掲げた。 「阿夫利神、力を…鉄槌を愚かなる者に与え給へ!」 刹那、暗くなった空から眩しい光が走り、皆が目を開けた時は魔物が焼き尽くされていた。 「…ふぅ、降臨させんのは疲れる……。」 少し汗を滲ませるのも艶を増幅させるものでしかない蓮飛の姿に、龍景は壮絶なまでの美しさを感じていた。 ----Next----Back----
阿夫利神は確か雷の神様です。 by月堂 亜泉 2004/11/5