(一体、何がどうなって、こうなってるんだ?)
混乱しすぎで目が回りそうな頭で、彩牙は懸命に記憶を手繰り寄せる。
(えーと…、街について、すぐに宿をとって。でも二人部屋しかなくて。蓮飛が「めんどくせー」って言うから、ジャンケンで部屋割決める事になって。
俺は即行で負けて。そして…)
「どうしたんだい?彩牙…」
ギシリとベッドが鳴いた。
そう、この必要以上に近くにいる男と同室になったのだ。
かなり、不本意ながら。
「どうしたじゃねーよ!何なんだよコレは!」
キッと睨み上げると、江はくすくす笑った。
ベッドに腰掛けてい彩牙の両サイドに手を着いて、閉じ込めてしまっている。
まったく隙が無い。
じわじわと近づいてくるのを、身を反らすことによって逃げるのが精一杯だ。
「…スキンシップ?長旅になりそうだし、親睦を深めるのは良いことだと思うよ」
「だからって!」
しゃあしゃあと言う江に食ってかかろうとしたら、逆に頬に柔らかな感触。
「なっ、にすんだよ!!」
「何って、キスだよ」
なんでもないことのような態度に、慌てて手を当てていた彩牙は赤くなる。
「だから、何で俺にっ、今朝だってそうだ!俺は女じゃない!!」
「そんなの見ればわかるよ」
「じゃあっ」
(やっぱり嫌がらせ!?)
ふつふつと怒りが沸き上がる。
そんな彩牙に気付いているのか、いないのか。
江は耳元に口を寄せた。
「君が可愛いからいけないんだよ…」
存外、甘く低い声に緊張が背中を走る。
怒りなんてどころじゃない。
理解できない言葉に戸惑っていると、江の端正な顔が息もかかるくらいの距離にあった。
心臓が大きく跳ねる。
「もっと、触れてもいいかな?」
「ぇ…?」
そっと唇に触れた、体温。
それが相手の唇であると認識した頃には、薄く開いていた隙間から江の舌が侵入していた。
「んんっ…ん…っ!」
口内の感触に我に帰った彩牙は、首を振って逃れようとする。
もとより拘束するつもりは無かったのか、江はあっさり彩牙を解放した。
息が出来なくて上がってしまった呼吸。
頬を真っ赤に染めた彩牙は、手の甲を唇に押し当てる。
そんな慌てふためく様子に江の目が狭められた。
「初めて…だった?」
「なっ!?」
あまりの言葉に振り上げられた腕は、江を殴り飛ばす前に容易く捕まえられてしまい、そのまま押さえ込まれてしまう。
「離せっ!ふざけんのもいい加減にしないと怒るぞ!?」
「やだなぁ、私はいつだって本気だよ?」
「ぇ、ぅわぁっ!」
いつのまにか服に手がかけられていて、上着の止め具を外された。
大きく開いた胸元から綺麗に日に焼けた肌が覗く。
「ちょっ、やめろよ!江、何…っ、ぁ!」
「敏感なんだ…、可愛い」
首筋に落とされたキスに思わず声を漏らしながら、彩牙は必死に腕をつっぱね、江を押し戻そうとする。
なのに、すらりとした長身のどこにそんな力があるのか、江にはまったく効いていないらしかった。
(なんか、よく分かんないけどっ!このままじゃ…っ!)
何をされようとしているのか、いまいち理解できないが、本能的に自分の身が危ないことを察知する。
なんとか逃げようと暴れても、この体勢ではしっかり押さえ込まれてしまう。
(こんなっ、こんなの、嫌だっ!!)
男に力で組み伏せられているという事実が悔しくて、彩牙の瞳に涙が滲んだ。
それに気づいた江は、その長い指で彩牙の目元を拭った。
「怖がらないで。大丈夫だから」
「何、が…っ」
子供をあやすように髪を撫でて微笑んだ江を見上げる。
その微笑みは、なんだかあまりにも綺麗すぎて……。また鼓動が早まった。
再び降りてくる口付けに抵抗することを忘れてしまう。
(あ…………)
あと数センチで唇が触れ合うかと思ったその刹那。
「きゃぁぁぁああーーーーーーーっ!!!!」
「「!?」」
耳を劈く女の金切り声が外から叩きつけられた。
外が俄かに騒がしくなる。バタバタと走り回る音と、何かの破壊音。
「魔物だ!家の中に逃げろ!」
「ひぃっ、助けてくれー!!」
「子供がっ!子供がまだ中に…っ!!」
只事じゃないざわめきの中で、かろうじて聞き取れた断片の内容を理解した彩牙は、瞬時に江を蹴り飛ばしてその場から立ち上がる。
「いい所だったのに…。無粋な魔物もいるものだ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!こんな町中まで入り込んでくるなんて…!」
「あ、彩牙!」
江の制止を振り切って、愛刀2本を引っ掴む。
乱れた胸元もそのままに、彩牙は部屋を飛び出して行った。
「しょうがないな…」
ふぅ、と一つ息を吐き、江も彩牙の後に続いた。
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