昔、自分の世話役をしていた人が言ったことがあった。
『龍景さま、これも何かのご縁なのです。私は一生、貴方にお仕えいたしましょう』
『縁?縁って何?』
『あぁ、東の小さな島国の言葉なのですがね…。そうですねぇ、神様が与えてくれた巡り合わせとでも言うんですかね』
『それって…………運命ってこと?』
『あぁ、そうなのかもしれませんね』
ふと懐かしい記憶を思い出しながら、龍景は朝日を浴びて動き始めた街を眺めた。
昨日、偶然、街の人混みの中ぶつかったのが蓮飛で。
自分の持っていた石の欠片が、彼らの探し物で。
成り行きで今日、共に旅立つことになった。
(運命…、なのかな?)
漠然と、期待に昂揚する気持ちが湧き上がっている。
いつも屋敷の高い塔の上から見下ろしていた風景の中に自分がいるだけでも、龍景は嬉しくて仕方なかった。
たとえ仕事が上手くいかなくても、家という枷が付きまとっても。
それなのに、こんな偶然があっていいんだろうか。
いきなり目の前に舞い込んだ、チャンス。
龍景は荷物を持つ手に力を込める。
腰から下げた長剣がカチャリと音を立てた。
(どんな縁だって構わない。俺は…、もっと“世界”を見たい。それにあの石を俺に託されたのだから、あの方も何か関係しているかもしれないし。)
しかし意思を固めていた凛々しい顔は、唐突にふわっと霧散する。
脳裏に浮上してきた、鮮烈な姿。
艶やかな黒髪、左右で色の違うつり目がちな瞳、色の白い肌、凛とした声…。
(…………蓮飛さん…。)
彼と共に旅ができることを、どうしようもなく喜ばしく思っている自分がいる。
一瞬で、惹き付けられてしまった。
とてつもなく綺麗な人…。
(神様、俺はこの幸運に感謝します)
誰に向けるでもなく満足げに微笑えんだ。
そんなことを考えているうちに、待ち合わせ場所までやって来ていた。
何やらぎゃーぎゃーと喚く少年の声が聞こえる。
「い、いきなり何すんだよ!?」
「ただの朝の挨拶だよ」
「んなわけねーだろっ!嫌がらせか!?」
「嫌がらせだなんて…。むしろ逆なんだけどな」
「逆?」
「君があんまり可愛いから、つい」
「ハァ!?」
真っ赤になって暴れている彩牙と、楽しげに笑みを浮かべて受け流している江だった。
朝に似つかわしくない、というか、昨日はこんな光景を見なかったので、少しびびりながら龍景は声をかけた。
「おはようございます。あの、何かあったんですか?」
「やぁ、おは…」
「龍景〜!会いたかったーーーっ!」
やけに清々しく爽やかに片手を上げて応えた江を遮って、彩牙が逃げ出してくる。
そのままの勢いで、がばっと龍景に抱きついた。
「え?え?え?」
「ひどいなぁ、私とは随分態度が違うんじゃない?」
「自業自得っ!」
目を白黒させる龍景を取り残したまま、言い合いを続ける二人。
「お二人は、仲が良いんですねー…」
思わず見たままの感想が漏らすと、ぴたっと彩牙が動きを止めた。
「違うっ、全っ然違う!」
「え、でも…」
「違うったら違うんだ!」
首をぶんぶん振って全力で否定する彩牙に困惑していると、江は笑みを深くした。
笑顔なのに、何故か背筋が凍りつく。
「照れているだけだよ」
「そ、そうですか」
こんな状態がしばらく続きそうな気がして、龍景が苦笑しかけたその時。
「はよー。悪い、店のことで手間取った」
「あ、おはようございます!」
眠そうな蓮飛がやってきた。
そして龍景と彩牙の姿を認めて、怪訝そうな顔をする。
慌てて彩牙をべりっと剥がした。
男二人が朝っぱらから路上で抱き合っているのは、どっからどう見ても異常な光景だろう。
「何やってんだ?」
「いや、別に、何も…!」
「…ふーん。お前ら、いつの間に仲良くなってたんだ?」
「あ、はは…」
「今だよ、今。なー?」
不思議そうな蓮飛に乾いた笑いを返していると、にぱっと大輪の花のような笑顔を咲かせて彩牙が同意を求めてくる。
「えぇ、まぁ…」
「仲良いのはいいことだけどな。」
曖昧に返答すると、それで納得したのか興味を失ったのか、蓮飛は少し離れた所にいる馬に荷物を括り付けに行った。
彩牙も後について行く。江と二人きりになると、くすくすと忍び笑う抑えられた低い声が響いた。
「何です…?」
自分は何かおかしなことをしただろうか。
振り向くと、江は愉快そうな雰囲気を滲ませた小声で囁いた。
「何をそんなに焦っていたのかな?」
「!」
かぁっと頬が熱くなる。
(あれっ?なんで赤くなってるんだ??)
自分の状態に訳が分からなくなって、龍景は赤面した顔を手で覆い隠した。
そんな様子に江はまた笑って、龍景の横をすり抜けて賑やかな彩牙たちの元へ行ってしまった。
(この、胸の動悸は何だろう…?)
三人の準備が完了して彩牙に大声で呼ばれるまで、龍景はぐるぐる思考を巡らせる破目になるのだった。
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