第8話「回り出した歯車」



蓮飛の薬屋の中は、恐らく傍目から見れば非常に不思議な光景だろう。
男が4人、机の上にある石板を食い入るように見つめているのだから。


「…赤き花戻りし地にて見つからん。…これだけだ。」


龍景の持ってきた欠片は、たったそれだけのヒントを与えるに過ぎなかった。
むしろ、そのヒントにより混乱させられる羽目になるのだが。
もちろん、最初に苛立ちを表に出したのは彩牙である。


「また分っかんねー書き方してんなーっ」
「赤い花なんて色々な場所に生えてますよ。しかも、戻るだなんて訳が分からないですね。」


真面目に発言する龍景に、江は楽しそうに微笑みいつもの口調で


「何かの暗号かもしれないよ。この石板はずいぶん捻くれものみたいだから。」
「その可能性はあるな…じゃあ、赤い花が咲いてる場所ってわけじゃねぇか…。赤い、何か別のモノ…。」
「赤い希石が多く採掘されるトコとか?」
「そうすると、戻りしというところが分かりませんよ。」
「戻る…か。帰還…復活?」


何気なく江が呟いた言葉に、蓮飛がぴくっと反応する。


「そうか!…場所は、シュカだ!」
「シュカ?」


シュカはハイアンの南方に位置する都市である。
規模としてはハクシュウとほぼ同一であり、街も栄えている。


「シュカのシュは昔のヤトマ語で赤だ。また南には復活の神が住むって言う。」
「でも、シュカでも、どこを指しているのか分からないのに…その中でどう手がかりを見つけるんですか?」
「とにかく、行ってみる!ここで二の足踏んでてもしょうがないしっ」


すっくと立ちあがり、彩牙は意思を秘めた瞳を輝かせる。

(たとえ、ちっぽけな手がかりでも…父さんと母さんに近づけるなら…!)


「熱くなんのは結構だけどよ。1人で行く気か?」
「え?」


蓮飛の発言に不思議そうに首を傾げると、最初に言い出したのは江だった。


「面白そうだし…私も連れていって欲しいな。それにここまで知っちゃったなら、他人事じゃないよ。」


軽く肩を竦めて言う江とは対照的に、生真面目な龍景が真剣な目を向ける。


「俺もです!だって…俺はこの石板の欠片を持ってたんですから…何かの関わりがあるかもしれないし…。」
「ホントに!?冒険には仲間が多い方が心強いし、ありがたいよ。けど…蓮飛は?」
「バカだな、彩牙。もしコレ以上の石板の欠片が見つかったら誰が解読すんだよ。」


蓮飛の捻くれた発言を汲み取った彩牙が、瞳を輝かせる。


「じゃあ…。」
「乗り掛かった船だ。行ってやるよ。」


ますます気分が高揚してきた彩牙はパッと顔を上げ、大きな声を張り上げる。


「じゃあ、俺、色々支度してくる!地図とか食料とか。」
「なら私は、シュカまでの馬の手配をしてくるよ。」
「俺はギルドに行って、情報があるかどうか調べてみます。」
「俺は薬屋の雑務やら…まーとにかく支度すっから。」
「なら、明日の朝、南の街道の入り口で待ち合わせで!」




運命を刻む時が動き出す。
小さな音を立てて。

様々な想いを、運びながら。




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by月堂 亜泉 2004/10/25