第5話「見えない予感」



「ほら、これをここに…」
「あ!本当ですね。ピッタリです」


石版の欠所の一つに、そっとその石片を当ててみると、ピタリとはまった。
龍景は純粋に顔を輝かせて、軽く目を丸くする。


でかい子供……。

長身の龍景をチラリと上目で伺った蓮飛は、そんなことを思う。


「ところで、お前。これ、どこで手に入れた?」
「え?…そ、それは…その…」
「何だよ。やましい事でもあんのか?」


戸惑ったように視線を逸らす龍景に、蓮飛はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる。


「ち、違いますよっ」


慌てて手を振りながら否定する。なんだか少し、顔が赤い。

…女か?

訝しげな表情をしながら当てずっぽうな推理を展開していると、龍景は照れたように皮袋を握り締めながら言った。


「…大切な人から、貰ったんです」
「……………あ、そ」


投げやりに言葉を返した蓮飛は、そのまま石版に視線を落とした。





明るい日差しと爽やな風が、開け放した道場の窓や扉から降り注ぐ。
あちこちから、金属同士がぶつかる音が聞こえる。
その一角には、まだ幼い子供たちが20人ほど。
彼らは真剣な表情で、修練を重ねている。
その奥にいる彩牙は子供たちを指導するため、一人一人手合わせをしていた。


「よし、次!」
「お願いしますっ」


合図と共に、勢い良く走りこんでくる。
それを右手に持った剣で、軽く正面から受け止めた。
数合斬り合う。余裕の表情で相手をしていた彩牙だが、


「!」


ふと突き刺さるような視線を感じて、そちらに視線を走らせる。
道場の入り口に人影。

あれは、確か、蓮飛の…。

彩牙は眉を寄せた後、子供に視線を戻して目を鋭くさせ、そして。


キィンッ!

「うわぁっ!」


高い音を上げて、幼い少年の剣が宙を舞った。
体勢を崩して尻餅をついた少年の喉元には、いつのまにか彩牙の剣が当てられている。


「勢いはいいけど、それだけじゃダメだ。もっと相手の動きを良く見て動けよ。」
「あ、は、ハイ!」


立ち上がらせてやり、少し微笑みながらアドバイスする。


「すげーっ、彩牙兄ちゃんカッコイイー!」
「次ー!次、俺とー!」
「バカ。次は俺だよ!」
「こらこら、ケンカすんなよ。順番な、じゅ・ん・ば・ん!」


ここでは彩牙は兄貴分のような存在だ。
幼い子供たちは純粋に彩牙に憧れ、慕っている。
キラキラした羨望と尊敬の眼差しを送りながら取り囲む子供たちに、彩牙は苦笑した。
そして再び、入り口に視線を送る。
それに気づいたらしく、黒を基調にした服を着た長身の美男…、江は、入り口に寄りかかったまま軽く手を上げた。





「江、だっけ?俺に何か用?」
「用事が無いと、覗きに来ちゃいけない?」
「そういう訳じゃないけど…」
「じゃあ、君に会いに」
「はぁ?」


道場の裏、庭のようになっている場所。
積み上げられた木箱の上に腰掛けて、彩牙と江の会話は噛み合わない。
世の女性が黄色い悲鳴を上げるような、甘い微笑を湛えている男を前にして素っ頓狂な声を返す。

あまりにも突拍子もない。
何しろ、先ほど蓮飛の店で出会ったばかりである。


「ふふ、名前も聞いてなかったと思って」
「そういえば…。晶 彩牙だよ」
「警戒しないんだ」
「警戒?何で?あんた、蓮飛の友達なんだろ?それなら、別に」


素直に応じたのが意外だったらしく、問いかけた江に彩牙は小首を傾げた。
まだ幼さの残る可愛らしい仕草に、江は笑みを深くする。


「見事な剣さばきだ。職業柄、色んな剣士に出会ったけど、君ほどの使い手はそうそういないな」
「え?もしかして江って冒険者?」
「あぁ、そうだよ」
「ホントに!?うわぁ、俺、憧れてたんだ!俺もいつか、この街から出て旅してみたいなぁって。冒険ってどんな感じ?どんな所に行ったことある?」


急に目を輝かせて身を乗り出す彩牙に、江は可笑しそうにククッと声を漏らす。
さっきと反対で、彩牙の様子は道場の子供たちそっくりだった。


「いっぺんに聞かれても困るなぁ。休憩時間、そろそろ終わるんじゃない?」
「あ!」


はっとして道場の様子を伺うと、もう子供たちが集まり始めているようだった。
目に見えて残念そうな顔をした彩牙の耳元に、江は身を屈めて口を寄せる。



「終わったら、私の所においで?じっくり聞かせてあげるから…」
「…っ!」


耳にかかる吐息。
囁かれる低く甘い響き。

彩牙の身体がピクリと跳ねた。
見返した先には、涼しげな目元と不敵な笑み。
その端正な顔を大きな空色の瞳に写し、ぱっと頬を染める。
彩牙は慌てて腕を突っぱね、顔を伏せた。


「お、俺、もう行かなきゃ!」


勢い良く立ち上がる彩牙の腕を、江が掴んで引き止める。
驚いている彩牙に素早く近づき、その柔らかい頬に唇を掠めさせた。


「な……っ!?」
「あんまり無防備すぎると、危ないよ?」


彩牙は真っ赤になって手で頬を押さえた。
そんな様子に、また楽しそうに笑う江を置き去りにして、彩牙は慌てて駆けて行った。
これじゃあ、まるで逃げたようだと、走りながら叱咤する。


「何なんだよ、一体…」


変な奴…。

と、一人ごちて思いっきり困惑したまま、彩牙は道場に戻っていった。
江の言葉の意味も、早鐘を打つ鼓動の意味も、分からないまま。



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by穂高 2004/9/28