第3話「太陽の陰り」



「う〜ん…」
「真実の風…か。」
「何だよそれー。意味分かんねぇー!」


意味不明の文章に、3人それぞれ頭を悩ませていた。
石版を持ち込んだ少年…彩牙にいたっては、両手で頭を抱えて唸っている。
どうやらこの少年はかなり感情表現が豊からしい、と江は思う。


「何か、何か他に分かることはっ!?」
「他って言われてもなぁ…特に見当たんねぇよ」
「くそー…、やっと父さんと母さんに近づけると思ったのに…」


かばっと頭を上げて詰め寄るが、蓮飛から返ってきたのは冷静な答え。
その言葉は、彼を落胆させたらしい。
江は先程から気になっていたことを聞いてみることにした。


「君のお父さんとお母さんに関係があるって言っていたっけ。どういうこと?」
「江っ!」


床にしゃがみ込んでいる彩牙に手を差し伸べながら尋ねた。
蓮飛から鋭い制止の声が飛ぶ。
軽く驚いて蓮飛を見ると、予想以上に鋭い視線に出会った。

聞いてはいけない事だったのか…?


「いいよ。蓮飛。大丈夫だから。」
「……。」


蓮飛の厳しい表情に気づいたのか、彩牙は笑って言った。
すると蓮飛も渋々と言った感じで口を噤んだ。
彩牙は江の手を借りて立ち上がり、向き直る。


「俺の両親、冒険者だったんだ。」


彩牙の唇は懐かしむような暖かさを乗せて、そっと音を紡いで言った。









彩牙の話によると、彼の両親は腕利きのトレジャーハンターだった。
彼らは幼い彩牙の面倒を祖父母に頼み、大陸全土を旅して回っていたらしい。
それでも旅の期間は大抵、長くても2ヶ月程度で、一つ仕事を終える度に家に帰ってきた。 彩牙に珍しい品を見せたり、土産話を語って聞かせたりして、そしてまた旅に出かける。
そんな生活を繰り返していたようだ。

そして10年前のある日、彩牙の両親は普段どおり旅立った。
が、それ以来、消息が分からないらしい。


「ずいぶんな…親だね」


先程までの太陽の日差しのような明るい顔とは打って変わって、穏やかな表情で話し終わった彩牙。
空色の瞳に睫で影が出来る様を見ていた江から、なんとなく批判めいた言葉が漏れる。

幼い子供を残し、帰らない両親。

他人である江が聞いても、良い気はしない話だった。
何よりこの明るい少年にこんな切ない顔させるのだと思うと、なんとなく心苦しかった。
蓮飛が止めた理由が分かった気がした。


「そんな事ない!二人は…むしろ俺の誇りなんだ」


そう言って笑顔を見せる彩牙からは、悲しさや怒りといった負の感情は見受けられない。
空色の瞳は、ただ真っ直ぐで。
軽く目を見開いていた江は、自然と口元を綻ばせた。

この少年…、強い。

直感的な思いが、江の中に沸きあがった。


「すまない。失礼な事を言ったかな」
「別に、気にしてないって」


微妙な空気が漂い始めようとした瞬間、カラカラと小気味良い音と共に明るい声がかかった。


「こんにちは、蓮飛ちゃん。あら、お取り込み中だったかしら?」
「あ、いらっしゃいませ」


店に入ってきたのは、優しげな風貌の中年の女性だった。
蓮飛は邪魔な江と彩牙を追いやって対応する。どうやら薬を取りに来た客らしい。
彼女は江の後ろに隠れていた彩牙を見つけると、「おや」と声を漏らす。


「彩牙ちゃん、こんな所にいたの。あの人が『どこほっつき歩いてんだー!』って道場で怒鳴っていたわよ?」
「あぁっ!すっかり忘れてたっ」


先程までのしおらしい態度はどこへやら、元通りの賑やかさが戻る。
慌てふためいて出て行こうとする彩牙の背に、蓮飛が叫ぶ。


「おい!これ、どうすんだよ!?」
「蓮飛が持ってて!つか、ついでに調べといてっ!」
「調べるっつったって…、おい!彩牙っ!」
「稽古終わったらまた来るから〜っ!!あーもうっ、師範にどやされる〜っ」


そのままパタパタと走り去ってしまった。
蓮飛が軽く舌打ちして、石版をしまう。女性は微笑ましそうに笑っていた。


「ふふふ、しょうがない子ねぇ。あれでウチの道場の一番弟子なんですもの。可愛らしいわ」
「ったく、あいつアレでちゃんと稽古できてるんですか?修行ならともかく、ガキ共に教えるなんて」
「あら、立派に務めてますわよ?ウチの旦那も信頼しているようですし。」


女性は薬を受け取ると、お辞儀をして立ち去った。
去り際、横で見ていた江は、さりげなく笑みを送って彼女の顔を赤くさせたりしていたが、蓮飛に呆れたような視線を送られて振り返る。



「道場って?」
「あぁ、江も知ってんだろ?この近くにある剣術道場。あいつそこで剣を学んで、今じゃ師範も信頼を置く愛弟子なんだと。で、たまに弟弟子たちの相手をしてやってんだって」


薬の調合を再開させながら、蓮飛は説明した。先程の女性は、その道場の奥さんらしい。
江の深い藍色の瞳が、すっと狭まる。
一瞬鋭い光が走ったそれは、獲物を見つけた獣を連想させた。


「そう」
「……江。あいつには…、彩牙には手を出すなよ」
「どうして?」
「彩牙は、手を出していいような奴じゃない」


抑揚を抑えた声で言う蓮飛に、江は笑みを浮かべた。

普段なら、蓮飛はこんな事言わない。
今まで江が誰に手を出そうが、口出しすることは無かった。
それなのに、彼に限ってそんなことを言う。


「珍しいな、蓮飛がそんな事いうなんて。ますます手を出したくなっちゃったよ」
「!」
「彩牙と一緒にまた来るから、その時までに薬、お願いするよ」


相手をゾクリとさせる程の、艶やかな笑みを残して江は店を出た。



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by穂高 2004/9/20