第2話「星、集い始めし時」



カタン…とヤトマ風の格子を上げ、さし込んでくる光に少し目を細めながら、少年は伸びをする。
少年と言うのは語弊があるだろうか。
だが、青年期に差し掛かる前のあどけなさと大人びた雰囲気を持つ彼は、 その瞳も手伝って神秘的な空気を纏っている。


彼の瞳は別々の色を宿していた。


彼の左目は濃い橙の色、右はまるで魅入られてしまいそうなほど美しい赤の瞳。
それをヤトマ人特有の長く黒々とした睫が優しい紗を作る。
ヤトマの民族衣装を自己流にアレンジした服をサラサラと鳴らし、周防 蓮飛(すおう れんひ)は ゆっくりと格子から離れた。


「さーってと…今日はあそこの家の奥さんがいつもの薬を取りにくんだろ?あとは〜…。」


商品のメモを見ながらぶつぶつと呟いてると、戸がカラカラと音を立てて開く。


「こんにちは。」
「あ、いらっしゃいま……ってなぁんだ。」


にこっと微笑みを向けるが、相手を確認した途端、いつもの表情に戻る。


「ひどいなぁ。お客なんだから平等に接してよ。」
「はいはい。で、何のご用ですか?」


思いっきり作ったようなにっこり笑みで相手を見やる。
相手は、蓮飛がこの店…薬屋を継いで以来からの常連客で付き合いも長い故、 こんな冗談を交わすのだ。

柳 江(りゅう こう)は肩にかかる髪を払いながらくすっと笑う。


「薬を貰える?怪我に良く効く薬。」
「あぁ…そう言えば星に出てたっけ。  江の星回りは近々怪我するような兆候が見えてたんだよな〜。」
「うわ、意地が悪いなぁ…最初から教えておいてくれればいいのに。」


厚い硝子の瓶に入っている薬草を迷いもせず調合し始めながら、蓮飛は嘲笑にも似た声を出す。


「分かってても、どうしようもない事はあるんだって。  所詮人なんてこの大いなる世界の力に生かされてるだけの存在なんだ。  受ける苦しみや、哀しみは…運命を正しく執行する為の過程でしかねぇんだよ。」
「…。」


何とも言えない空気がその場を包む。
その空気を打ち破ったのは、戸の開く音であった。


「こんちはー。」
「ん?彩牙じゃん。昨日薬は渡したと思うんだけど?」
「いや、今日は全然別件でさー。蓮飛に聞きたい事があって…。」


ゴトッ、という音を立てて、丹塗りのテーブルの上に石版が置かれる。


「これは?」
「分からない。だけど、俺の父さんと母さんに関係あるんだと思う。」


蓮飛は石版を手に取ると、彫られたその文字をなぞるように読んでいく。


「…何だこれ。全然文が繋がんねぇ…。」
「欠けてるんじゃないかな?その石版。」


ひょい、と顔を覗かせてにっこりと微笑む江。
男でも見惚れてしまうほどの綺麗な微笑みに少しだけ戸惑いながら彩牙は尋ねる。


「アンタは?」
「ああ、俺は柳 江。蓮飛の昔からの知り合い、といったところかな?…ヨロシク。」
「腐れ縁のが正しいとは思うけどな。」


肩を竦めながら冗談混じりにそう言うと、蓮飛は少しだけ表情に真剣みを宿らせ


「でも確かに、こいつは欠けてやがんな。んで、書いてある文字は…ヤトマの古代文字だ。」
「ヤトマの?」
「ああ。昔、御祖母様に古代の文献を読ませてもらう時に習ったから間違いねえよ。  今はもう使わねぇ文字がぱらぱら出てきてるからな。」


何かが分かりそうな雰囲気に、期待を増した彩牙の瞳が輝く。


「それで、何か分かる事ない?」
「ほとんどの部分が欠けてて読めねぇ。でも…何とか、文として読めそうなのは…ここぐらいか。」
「何て書いてあるんだ?」






「…『…手にし者、追い求めよ、真実の風を。』」






「真実の…風?」


上げられた格子から吹き込む風が、小さく3人の髪を揺らしていた…。






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by月堂 亜泉 2004/9/16