光彩都市、ハクヨウ。
この街にはあらゆるものが揃っていた。
地位も名誉も愛も命も…売っていないものなどなかった。
目抜き通りには深夜にも関わらず、多くの人で溢れ返っている。
眠らない街はその異名のとおり様々な光で彩られ、まるで宝石箱をぶち撒けたような汚らしく煌びやかだ。
この街には何でもあった。
自由も金も夢も安らぎも…そして孤独も罪も。
すべてのものが混沌と氾濫した、光と闇を併せ持つ街。
その地下深くには地表の虚栄が深く翳って漂っている。
影の無い光は、この世には存在できない。
そんな虚栄(イルミネーション)が眩いこの街からは────星が見えない。
--- Lost Nightmare ---
「こっちだよ、ウサギのお兄ちゃんっ!」
そばかすの多い愛嬌のある顔をした幼い男の子が、夜目を引く白い礼服を着た青年の引っ張って急かしながら人っ子一人いない石畳の道を歩いていく。
無邪気な声に、青年は少し怪訝そうに冷たい印象の端正な顔を歪めた。
少年はまた無垢に笑う。
「だって、お目目がウサギみたいに真っ赤だから」
「……そうか」
すとんと表情を落とした青年の瞳は、確かに深い真紅で、蒼い髪の色や陶器のような白い肌によく映えていた。
興味深そうにじっと見つめてくる幼子から目を逸らし、そっと天を仰ぐ。
先刻まで降っていた雨は止み、塗れた闇に薄っぺらい月が貼り付いている。
古びた教会への道は、彼ら以外に気配は無かった。
「急ぐぞ」
冷えた声で端的に少年を促し、青年はひたひたと音も無く教会へと向かった。
慌てて追いかけた少年の小さな手が、腐りかけた木の扉を押し開ける。
薄暗い室内から埃っぽい陰気な空気が地を這った。
「神父さまーっ、お客さんだよ。僕を助けてくれたんだ」
ぱたぱたと足取りも軽く、少年は教会の奥へと慣れた様子で駆けて行く。
孤児である彼にとっては、ここは自分の家と同意なのだ。
ゆるり、とランプの明かりが揺れて、奥から初老の男性が現れた。
「この子が世話になったようじゃ。礼を言う。」
「いや。俺も此処に用事があるから構わない」
「…………はて?こんな所に用事とな?」
老人の和やかな笑みが一瞬引き攣って、次の瞬間には不自然な笑顔が作られていた。
さりげなく少年を後ろ手に隠し、じりじりと後ずさりしていく。
そんな二人に青年は、残酷な冷笑を与えた。
「わかっているだろう。こんな所に用事なんて一つしかない」
すうっと翳した青年の右手が、瞬く間に青黒く変色し、黒い刺青が蛇のように腕を這い、骨が中から皮膚を突き破るようにメキメキと音を立てた。
変形し、大きな鎌刃となった右手。
一目見れば分かる。
それは、生命の肉を切り裂くためにしか存在しない刃。
「お、お前は、血の十字(ブラッディクロス)の…っ!?」
青年の真っ白な礼服の左腕に縫い付けられた、紅い十字の刺繍に男の目が見開かれる。
「逃げろ………っ!!」
男がそう叫んで少年を放り投げた瞬間。
ザシュッ。
小気味の良い肉の裂ける音とともに首が舞う。
吹き出る血を無感情に浴びる青年は、ゆっくりと少年の方を見やった。
尻餅をついたままガタガタと壊れた玩具のように震える幼子は、青年と目が合った刹那、悲鳴すら失ってしまったらしい。
「ど…して……」
瞳が…。
血に濡れたような真っ赤だった瞳が。
触れた途端に、指先から粉々に裂けてしまいそうな鋭利な輝きを宿した黄金の瞳に変わっていた。
「……………」
「ぁ………!!」
少年の腹に突き刺していた刃を捻った。
ぐちゃりと内臓が落ちる音がして、青年は返り血に濡れる。
絶命した少年はそのまま床に崩れ落ちた。まるで糸の切れた人形のようだった。
青年はまた天を見上げる。
朽ちかけたステンドクグラスから、月に反射した太陽の虚光が降り注いでいる。
「『どうして』………か。こっちが訊きたいな」
誰に聞かせるでもなく、自嘲めいた笑みとともに紡がれる言の葉は、ほの暗い聖堂内によく響いた。
虚しく音の反響の中、血の海と化したその場所を戸惑うことなく突っ切って、青年は奥の部屋へと進んでいった。
再び静かに血の流れる音が奏でられていく。
------------何がきっかけだったのかなど覚えていない。
気が付いたら、刃を持って血に塗れていた。
目覚めた自分に与えられた仕事は、ソレだった。
ただ。
それだけだ。
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