「 雪の温度 」



唐突に、彼は淡く言葉を紡いだ。


「なぁ、海の上に降った雪って積もらないんだな」

「…何を当たり前のことを」

「んーそうなんだけどさ。俺、初めて生で見たんだよ」

「……。」


静かに、静かに、降り注ぐ白雪。
遥か天空からやってきて海面に辿り着いた途端、一瞬で儚く還る欠片。


「地面に、たくさん降るといいなぁ」

「…踏み汚されて、泥にまみれても?」


彼はふっと無表情でこちらを見てから、恐ろしく無垢な幼子のような曇りの無い笑みを浮かべ、


「それでも」


寒風に、彼の漆黒の髪が舞う。


「たとえ、汚れてしまっても…」


やさしい声音が、灰色の埠頭に口付ける。


「それでも、地面に残ってるからいいんだ。そうでも思わなきゃ…ーーー」

「…っ」

「だろ?」


顔を反らして彼の視線から逃げた。




ーーそうでも思わなきゃ、海の上に降った奴らに申し訳ないーー


その時の彼の寂しげな笑みと強い瞳が、ひどく瞼に焼き付いている。





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by穂高 2009/05/20up