唐突に、彼は淡く言葉を紡いだ。
「なぁ、海の上に降った雪って積もらないんだな」
「…何を当たり前のことを」
「んーそうなんだけどさ。俺、初めて生で見たんだよ」
「……。」
静かに、静かに、降り注ぐ白雪。
遥か天空からやってきて海面に辿り着いた途端、一瞬で儚く還る欠片。
「地面に、たくさん降るといいなぁ」
「…踏み汚されて、泥にまみれても?」
彼はふっと無表情でこちらを見てから、恐ろしく無垢な幼子のような曇りの無い笑みを浮かべ、
「それでも」
寒風に、彼の漆黒の髪が舞う。
「たとえ、汚れてしまっても…」
やさしい声音が、灰色の埠頭に口付ける。
「それでも、地面に残ってるからいいんだ。そうでも思わなきゃ…ーーー」
「…っ」
「だろ?」
顔を反らして彼の視線から逃げた。
ーーそうでも思わなきゃ、海の上に降った奴らに申し訳ないーー
その時の彼の寂しげな笑みと強い瞳が、ひどく瞼に焼き付いている。
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