「 桜坂 」



「ひどい人ね」


春風にくるくると踊る桜色の花弁の中、坂の中腹で立ち止まる。

そこはかつて、彼とともに歩いた坂。
柔らかな日差しに目を細め、左隣を薄ら寒く感じる自分に腹が立った。


「ほんとうに、ひどい人…」


春がやってくる少し前。
彼は泣きそうな顔をしながら言った。

『お前には、絶対もっと良い男が見つかるから…』

去り際に、まっすぐな瞳をして。


「恨めるわけないじゃない…ばかね…」


自分を憎めと自嘲した彼の顔を思い出す。あまりにも泣きそうな顔をするから。


「泣きたいのは、こっちだったのに…」


私は彼に微笑んであげた。
背を向けてから、涙があふれた。




別れを知って、私は気付いてしまった。
恋なんてしなくても、私は生きていける。

私は強い。


でも、何故だかそれは漠然と、悲しげな響きを私の胸に残す。


「ひどいよ…」


彼があのときにあんな言葉を紡ぐから。

『お前には、絶対もっと良い男が見つかるから…』

『だから…胸を張って…生きて…』


優しい呪縛に絡め取られて、私はもう逃げられやしない。
出会った頃と同じように桜が咲いても、もう隣に彼はいないのに。


「ほんとうに…ひどい人…」





ひどいひと。

ひどく、やさしいひと。





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by穂高 2009/06/02