「ひどい人ね」
春風にくるくると踊る桜色の花弁の中、坂の中腹で立ち止まる。
そこはかつて、彼とともに歩いた坂。
柔らかな日差しに目を細め、左隣を薄ら寒く感じる自分に腹が立った。
「ほんとうに、ひどい人…」
春がやってくる少し前。
彼は泣きそうな顔をしながら言った。
『お前には、絶対もっと良い男が見つかるから…』
去り際に、まっすぐな瞳をして。
「恨めるわけないじゃない…ばかね…」
自分を憎めと自嘲した彼の顔を思い出す。あまりにも泣きそうな顔をするから。
「泣きたいのは、こっちだったのに…」
私は彼に微笑んであげた。
背を向けてから、涙があふれた。
別れを知って、私は気付いてしまった。
恋なんてしなくても、私は生きていける。
私は強い。
でも、何故だかそれは漠然と、悲しげな響きを私の胸に残す。
「ひどいよ…」
彼があのときにあんな言葉を紡ぐから。
『お前には、絶対もっと良い男が見つかるから…』
『だから…胸を張って…生きて…』
優しい呪縛に絡め取られて、私はもう逃げられやしない。
出会った頃と同じように桜が咲いても、もう隣に彼はいないのに。
「ほんとうに…ひどい人…」
ひどいひと。
ひどく、やさしいひと。
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