「 くすりゆび  」






「指輪がほしい」

「どうした、唐突に」










茶を淹れていた手を止めて声の主を見やると、 顎に手を当てたまま顔いっぱいに渋面をつくっていた。
こいつが、こういう顔をするときは、ロクでもないことを考えている場合が多い。


「その左手の中指についてるのは何なんだ?」

「指輪だな」

「しかも、先週買ったばかりのな」


軽く肩を落としながら、俺はコーヒーカップをテーブルに置いた。 自分用には、緑茶の入った湯飲み。
俺たちは、趣味がまったく合わない。


「これじゃあ、意味が違うんだよ」

「意味?」


また誰かに何か、吹き込まれたのだろうか。


「左手の中指は“ひらめきやインスピレーションが沸くのを助ける”んだってさ」
「あぁ…指輪をはめる指の意味のことか」


指の1本1本には意味があると聞いたことがある。
どこの国の言い伝えだか、おまじないだか知らないが。


「俺は、隣がいい」


そう言って指し示したのは、左手の薬指。
思わず溜息を耐え損ねた。


「あのな…薬指の指輪は揶揄されるから、さすがにやめておこうと言ったのはお前だろう?」


左手の薬指。
もっともポピュラーな、結婚指輪の位置。


「左手の薬指は、“愛の力を司る”」

「だからな…」


いくらこの年下の恋人に甘い俺でも、さすがにその指に指輪は贈れない。
渋いだの、大人びているだの、古き良き日本男児だの言われているが、これでもフツーの高校生男子だ。 一般常識は装備している。


「でも、それだけじゃない」

「?」


瞳を輝かせて身を乗り出した拍子に、豪(ごう)の無色素の髪がふわりと揺れる。


「薬指は、ドイツでは“心臓の指”っていう別称があるらしい」

「ほう、それで?」

「確かに心臓に近いらしくて、古代では病気を治すために薬指にまじないをしたんだと」

「へぇ…。誰の入れ知恵だ?」

「ジーク」


知り合いのドイツ人を思い浮かべて、眉を寄せる。
まったくもって、余計なことを。


「だからな、栄(さかえ)」


青い瞳にまっすぐ自分の姿が映っている。


「俺は、アンタに Heart をやる」


なんて、露骨な、けれど甘美な。


「ハートに矢を打ち込めと?」

「そういうこと」


綺麗な弧を描く豪の唇に、俺は白旗を揚げた。















「つーか、薬指って、日常生活で人間が1番使わない指なんだってさ」

「あぁ、だから大事な指輪は薬指なのか」

「落として失くしたら、大変だもんな」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・豪、お前・・・」

「お、落としかけただけだって!そんな目で見んなよ。仕方ないだろ?」

「だからか」

「うん」

「・・・・・・」

「・・・・・・アンタから貰ったもんは、何一つ、失くしたくない」


今度こそ、完全に敗北。
訂正しよう。俺はこいつに激甘だ。





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by穂高 2009/06/02