ある晩の出来事。



「信じらんない!人前であんな事するかよ普通!」


バタンとやや乱暴に扉を閉めて、怒りに任せてそのまま寝台に飛び込んだ。


「あ゛ーもー、何でアイツはあぁなんだ……。ま、今日はツイてたけど♪」


今日の宿は珍しく4部屋空いてて、3つでいいと言い張る江を押しのけて勝ち取った一人部屋。
気を取り直して、俯せになったまま足をパタパタさせてみる。

いつもより広く感じる寝台。
いつもは何かと江がくっついてくるから。


なんで、そんなに一緒にいたいんだろ…?


部屋に別れるとき廊下で捕まって、「別れの挨拶」と称してキスされた。
思い出して顔を赤らめ、枕を抱え込む。


「江のばか…。隣の部屋だっつの」


なのに、心底残念そうな顔をして、切れ長の夜空色の瞳で見つめて。


なんで…あんな顔できるんだろ…?


知らず知らずの内に眉を顰める。
いつも気が付くと隣にいて、綺麗に微笑んで、俺に構って。
子供扱いなんて嫌なのに、その広い背中で守ってくれる。

低く甘い囁きと、壮麗な微笑と、優しく細められる瞳と、慈しむように触れてくる温もり。
それらが向けられるとき…

ぼうっと瞳に何も映さぬまま、さやかな夜風に髪を揺らしていたが、ふと気付く。


「なんだよ…、せっかく一人部屋なのに…」


なんで、アイツのことばっか…

きゅっと枕を抱き締め、顔を押し付けた。


「なんで…」


漏れた声が思ってた以上に切なく響いた。
たった壁一枚が隔てているだけなのに、振り払えない夢想。

『彩牙』

形の良い唇から漏れる、甘くひそやかな。

『彩牙…、好きだよ』


仰向けになって、今度は胸元の服を掴む。
自分で一人を望んだはずなのに。

…これでは、まるで。


「俺の方が惚れてるみたいじゃん…」


そんなわけない。
江に流されて、ここまで来て。
決して自分から望んだ訳じゃなかった…。
それなのに。


「なんで…、こんなに…」


なんだか胸が切なくてそっと瞳を閉じたとき、ふわりと優しい風が頬を撫でた。
はっとして起き上がると、窓の外に彼の姿。


「やぁ、彩牙。お邪魔するよ」

「江!?な、なんで…」


にっこり微笑んで軽やかに窓枠を乗り越え、すたすたと近寄ってくる。
ふわりとまた風が流れ、その温もりを教えてくれた。

夢じゃない。


「ふふ、そろそろ彩牙が淋しがっているんじゃないかと思って」


いつもの艶やかな微笑みとともに、そっと頬に触れてくる。

あぁ、どうして…。
コイツは…いつも……。


「別に、淋しがってなんか…っ」

「そう?残念だな…。私は淋しかったのだけれど」


本当に、いつも…。

いつもこうだから…。


「彩牙…」


つまらない意地とか、張んなきゃなんないんじゃないか…。





落とされた口付けに、そっと瞳を閉じた。

悔しいけど、やっぱり3部屋でよかったのかも…。





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あとがき

物思い彩牙(笑)「小さなお話」の対です。
「いや、むしろ2部屋でいいと思うよ。」ってツッコミ入れてください(笑)
2005.8.20up 祭屋鳴子