今日のじゃんけんでは何故か彩牙が圧倒的な強さを見せ、さらに後から龍景が勝ちぬいたため
負け組二人が同室になった。
「蓮飛。紅茶入ったよ。」
江が、柔らかい香りのするセイシュンの特産品、紅茶を淹れてくる。
この飲み物を蓮飛が何より気に入っているのを知っているのも、付き合いが長いお陰もあるだろう。
部屋には気軽で、慣れたような雰囲気が漂っている。
「ああ。そこに置いといてくれ。」
「蓮飛、よくそうやって何時間も本にかじりついていられるな、っていつも思うよ。」
本を読むことに熱中している蓮飛は、顔を上げずに答える。
江はそれに構う事なく紅茶を啜りながら、のんびりと相手の様子を見て感想を漏らす。
「あ?…まぁな。常に知識を得とかないとなんねーんだよ。御祖母様の教えだ。」
「へぇ。じゃあ、もっと別な知識も私が教えてあげようか?」
相手の声が低く艶めくのを聞き取り、ほんの少し目線を相手の方に向け、
彼得意の美麗な笑みを見ると、ほんの少しだけため息をつき首を振る。
「………遠慮しとく。」
「おや、つれないな。」
「そういう事は彩牙にやれ。…最近オヤジになったよな、江。」
「失礼だなぁ。」
「事実なんだからしょーがねぇだろ?」
分厚い医学の本を閉じて相手を見ながら頬杖を付き、江のほうを見る蓮飛。
「彩牙にしている発言。際立ってオヤジくさいと思うけどな。」
「そう?…ほら、彩牙は可愛いから。ついつい反応を見てしまいたくなるんだよ。」
「まずその発想からしてオヤジだ。」
「まぁ、20過ぎるとそうなるのかもしれない。気をつけて?蓮飛ももうすぐなんだから。」
「…20過ぎるとオヤジかぁ…。」
珍しく江の発言にへこんでいる蓮飛を見て、江は可笑しそうに笑う。
「蓮飛の場合はさほど心配しなくてもいいと思うよ。龍景は一つ下だから、すぐに追いかけてきてくれるだろうし、なにより、そんな事を気にしそうにないからね。」
「…そ、そうかな…。」
最近、蓮飛は龍景の話をすると驚くほど穏やかな笑みを見せるようになった。
勿論、恥じらいもそれに含んでいるのだが、これまでに見られない表情であった。
どこか人と一線を引き、常に鋭いオーラのようなものを帯びていた。
実に客観的な目線でしか物事を見ず、情には動かされない。
そんな彼が、変わっている。言わずもがな、龍景のおかげで。
「なかなか、当てられてしまうよ。」
「は?」
「蓮飛は最近かなり龍景に愛されているみたいだから。長年私の知らなかった蓮飛を、いとも簡単に引き出して見せた。…毎晩、愛し合っているのかな?」
「な、何言ってやがんだよ!?」
思わず声が大きくなってしまい、耳まで赤く染めながら蓮飛は口を塞ぐ。
「おや、そう怒るという事は、あながち間違ってはいないようだ。」
相変わらずの余裕の笑みで、江は楽しそうに肩を揺らして、蓮飛の赤い頬に手を伸ばす。
「こんな光景を龍景が見てしまったら、きっと誤解されるな…。私が蓮飛を口説いているようにしか見えないから。」
「……ふぅん?そうやってからかいたいんだな?彩牙がいるのに…。」
今だ赤らんだ顔は戻らないが、再び彼特有の自信めいた輝きが瞳に宿る。
「蓮飛さん、剣に葺く粉を……って!!!!何やってるんですか!」
「ああ、龍景。…う〜ん、恋愛相談、かな?」
ノックをして入ってきた龍景が光景を見て、江の意図通り誤解をして蓮飛を抱き寄せる。
江はしれっといいのけ、いつもの通りの笑み。
「…やっぱり、蓮飛さんを江さんと同室にするのは危険です…蓮飛さん、俺の部屋に来てください。」
「それはいいけどよ、彩牙はどうするんだよ。」
「江さんと同室で問題ないでしょう?さ、行きましょう。」
普段は穏やかな龍景だが、蓮飛の事となると人が違ったようになるのを、江は面白そうに観察していた。
この後、誤解した事情を聞いた彩牙が怒って部屋に来るのも軽く言いくるめ、
もちろん、晩には美味しく頂いた江であった。
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