−「帰り道」−



すっかり暗くなってしまった帰り道。 車のライトの川の脇を二人逆らいながら歩く。優しい沈黙と他愛のない会話が繰り返されている。
でも、相手の顔が見られない。



もうすぐ魔法が切れるから。

隣の温もりが愛しくて、切ない。



 最近、風佳は大学の事で忙しいらしくて、会うのは本当に久しぶりだった。 昨日の夜、電話で会う約束をしてから舞い上がって一人でドキドキするくらいだった。
だって風佳は大学生で、大和は中学生。生活パターンが違うから。

 次に会えるのはいつだろう?


「大和くん?」

「あ、は、はい!?」


 風佳の呼び掛けに我に返る。心配そうな顔で覗きこまれて、心臓が跳ね上がった。


「どうしたの?」

「あ、何でもないです。ちょっと考え事…」

苦笑する大和に、風佳はなおも気遣うような視線を送る。


「ところで、マンション着いたよ」

「えっ?」


はっとして周りを見回すと、確かに自宅マンション前だった。 どうやら思考を巡らせているうちに、別れの時がきてしまったらしい。


「すみませんっ、ありがとうございました!」


大和は慌てて、ぴょこっと頭を下げる。さっきまで想像が、呆気なく現実になってしまった。

 わかっているけど…。

ほんの少しだけ潜めた眉を隠すように、笑ってみせた。


「それじゃあ、また。今日は楽しかったっす。また電話してくださいね!」


明るい声音で相手を困らせる気持ちを打ち消して、大和は駆け出そうとした。 瞬間、じっと見ていた風佳の腕が大和を捕らえる。


「行くよ」

「え!?」


大和の手首を掴んで、ずんずんとエントランスに入っていく。困惑した顔で見上げると、彼も図ったようにこちらを見下ろしていて、また鼓動が跳ねた。
風佳は綺麗な笑みを浮かべていた。


「俺も同じだから。…部屋の前まで送るよ」

「あ…」


 久々の逢瀬にときめいている心。
 別れが惜しい気持ち。

大和は大きめの翡翠の瞳を丸くさせた。 数瞬の逡巡の後、掴まれた手をそっと握り返した。


掴まれた手が熱い。





部屋に着くまで、二人は無言だった。
ただこの儚い時間を少しでも伸ばしたくて、どちらからともなく階段を目指して、ゆっくり二人で一段一段、踏みしめるように登った。 部屋の前について、どちらからともなく向かい合う。


「…じゃあ、本当に、ここで…」


大和は視線を流して、戸惑った。

掴まれたままの手首から伝わる、柔らかい温度。

彼の愛しい温度。


離したくないと、言ってしまうのは、簡単だけれど。



「…大和くん。ちょっといいかい?」

「はい?」


思いがけず軽い声の響きに、間抜けな返事をした返すしかなかった大和の手を、目を細めた風佳はそのまま引き寄せた。
そして全身包まれる、彼の愛しい温度。ふわりと彼の薫り。


「風佳さんっ、ここ、外っ!」

「構わない…」


上から落ちてくる彼の掠れた声に、胸の中心がきゅうと鳴った。
 そんな、まさか。
 可愛らしい乙女じゃあるまいし。

けれど、どうしようもなく、身動きがとれない。やっとの事で動かした腕は、彼の背に回した。 上昇する自分の温度は無視して、彼の体温だけ受け入れる。
そうして身体に刻み込んだ。

もう、魔法は切れている。


「…また、すぐに会えるようにする。君が恋しくて死ぬ前に」


同じように温もりを味わっていた風佳は、そっと大和を離した。 そして頬の輪郭を確かめるように撫でながら、意外に真剣な眼差しで溜息と共に呟いた。


「それって、だいぶ先になっちゃうんじゃないっすか?」

「いいや?君の居ない俺の命は1日ももたないさ」


くすくすと、笑い合う。
距離の空いた二人の距離は、けれど先程よりも暖かい。


「それじゃあ、また」

「うん、また」


風佳は微笑を残して踵を返した。彼を見送って、大和も鍵を開け扉の中に身体を滑り込ませる。
カチャリと、閉ざされた。

とっくに、魔法は切れている。


なのに。


誰も居ない部屋を見回して、大和は玄関にしゃがみ込んだ。


「どうして、あったかいんだろ…?」


その言葉は空気に溶けて滲んで、部屋を暖めた。







風佳からのメールが届くまで、あと数分。


『今日もやっぱり君が好きだ』



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あとがき

帰り道ってちょっぴり寂しいですよね。
でもこんなだったら、きっと次に会えるまで頑張れるだろうなって思う。

2005.8.19 祭屋鳴子