「たまごサンドが食べたい」
唐突に落とした独り言にしては大きすぎる呟きに、同室者はキーボードの上を走らせていた手を一瞬止めた。
「…豪(ごう)。俺が今、何してるか分かってるか?」
「あの変人コーチに明日の午後までに作れと爽やかな笑顔でゴリ押しされた練習メニューを作るのに必死になっている最中!」
「正解」
「あっさり言うなよ。ちゃんと溜めろって〜」
「クイズ番組だって、簡単な問題は軽快に進めるぞ」
そこで彼はやっと手を止めて、椅子ごとこちらを振り返る。
側にあったカップに口をつけようとしたが、あいにく紅茶は1時間ほど前に彼の体内に消えていた。
「ちょっと整理させてくれ。俺たちは、腹が減ったという話をしていたよな?」
「うん」
「で、忙しい俺の代わりにお前が買い出しに行くよう、俺は頼んだ。そして、お前は引き受けた」
「うん」
「………勝手に買ってくれば良いだろう。それとも、やっぱり俺に行けと?」
こんなに疲れている自分に?と、彼は眉をひそめている。
やっと彼の顔を正面から見ることに成功した俺はほくそ笑んだ。
「違うって。買い出しには行くよ。ただ、急に!無性に!たまごサンドが食べたくなっただけだよ」
「…………そうか」
不可解そうにしつつも、そのまま右から左に受け流すことにしたらしい。
無防備になった彼の背めがけて、一発お見舞いしてやる。
「栄(さかえ)が作る、たまごサンド」
「はい?」
齧りかけのカロリーメイトを手にしたまま固まる彼に、わざとらしくニッコリ笑ってみせる。
「だ・か・ら。栄さんが作ったたまごサンドが食べたいの。作ってダーリン♪」
「ふざけんなハニー」
まぁっ、間髪入れずに野太い声でひどいわ!
「また今度作ってやるから、今日は我慢しろ」
「やだやだ〜。栄のがいいの〜」
「女声をやめろ。気持ち悪い」
「ひでぇ、一刀両断!」
彼は再びパソコンに向かって、画面が曇りそうなくらい盛大な溜息を一つ。
「たまごサンドくらい、コンビニでも売ってるだろうが」
「ばっか、コンビニのとお前のじゃ味が全然違うんだって!栄が作った方が断然うまい!!」
「……………。」
心なしか、彼の頬の血色が良くなる。
この1つ年上の頭脳明晰な同室者が、存外誉められ慣れていない事に気付いたのは、何時だっただろうか。
もう一息だ。
「一度、お前のたまごサンド食っちまったら、市販のヤツなんかじゃ満足できなくなるんだぜ?」
「……………。」
「責任取るべきだと、俺は思うね」
じーっと見つめる。これが弱いことも知っている。
「仕方の無い奴だな」
今度は諦めの溜息をついた彼は、柔らかな苦笑を零した。
「ってことは?」
「作ってやるよ。じゃあ、材料を…」
「材料は、すでにこちらに用意されております」
「3分間クッキングか!」
愛ある裏手ツッコミを受けながら、満面の笑みが浮かぶのを止められない。
やっと、彼の隣に並べる。
やっと、彼の眉間にあったシワが消えた。
「やっぱ美味い〜最高♪ Good job 栄!」
「そうか」
「えーと、日本のコトワザでなんて言うんだっけ?“腹が減っては皿まで”?」
「それを言うなら、“腹が減っては戦はできず”だ」
「そう、それそれ。そんな感じだったろ?」
「…そうか。豪、ありがとう、な」
「 Your welcome ! 」
作戦は成功。
今日も俺の大勝利。
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