微妙な時間の空きコマは不便で、正直言うと持て余してしまう。
この某お山の大学では一日の講義は全部で5コマあって、1コマ目、2コマ目〜と数えるのだけれど、4コマ目だけ空いてるとか、本当どうしようもないと思う。
つまり1コマ90分の講義を3連続で聴いたあげく(途中で昼休みが入るけど)、まだこれから最後の5コマ目が残っている…ってこと。
なんともやる気を削がれるシチュエーション。
私たちは天を呪いつつ、勉強なんて放棄して。
とりあえず居場所もないので、図書館に行くのが私たちの習慣になっていた。
真面目な本を読む気も起きないからと、自称私のお守り役なヒロちゃんは適当に雑誌を開いて過ごしている。
その隣で暇な私は、いつしか周囲を観察するようになって。
真面目に課題をこなす人、熱心に本を読みふける人、携帯を弄っている人、机に突っ伏して寝ている人。 なんともない、日常の平和な風景。
けれども私はその中に、妙な“もの”を発見してしまった。
いや、“もの”じゃなくて、“者達”かな?
今では開いている雑誌よりも、彼等が気になって仕方がなかったりする。
かくして今日もまた、脳内観察日記をつけている。
図書館の自習コーナーの、窓際の一角。 そこが奇妙な会話と共に現れる、二人の指定席だった。
「だから、それは主観的に考えても、客観的に考えても無理だと思うわ」 「何で?」
一人は、茜色の光を乗せる茶色の長髪をくるくる、ふわふわと巻いて、二つに結っている小柄な少女。
いや、もしかしたら少女と言うには年上かもしれない。
慣れた立ち振る舞いや仕草は、私たち一年生のような新参者のものではない。 けれど、その西洋人形のような愛くるしい顔立ちと、どことなく柔らかい雰囲気が彼女を幼く見せている。
対するもう一人は、少しばかり猫背気味な長身の青年。 派手な蜂蜜色の髪がぼさぼさと無造作で、どこか眠そうなやる気のない雰囲気を纏っている。 耳には数えられるだけで右に3つ、左に2つのシルバーピアスがくっついていた。 こちらも私達の先輩だとは思うけど、まだまだ少年の無邪気さから抜け出せてないような感じだった。
彼女がゴシック&クラシックの象徴だとしたら、彼はモード&カジュアルってところだろう。
そんな私の感想など当然知る由もなく、彼は不思議そうな顔をして彼女を上から見下ろした。 彼女は身長差ゆえに彼を見上げた。
「時期尚早って言葉を知らないのかしら?」
見た目を裏切らない優しい微笑を浮かべ、彼女は歌うように言った。 ふわりと舞う声のわりに、怜悧な言葉な気がする…。
「うーん、わっかんないなぁ…。俺的にはバッチリOK。無問題だと…」 「どうしてそんな事が言えるのかしら?」
そんな彼女の言葉を気にした風でもなく、暢気にぼりぼりと頭を掻く彼に、彼女は開いたノートに視線を移した。
どうやら彼女は、授業の予習でもしているらしい。
しかし、間隔を置いて隣に座っている彼の机の上には何も乗っていなかった。
あぁ、今、彼の上半身が乗ったか。
「ん?俺がそう思ったから」
何を言うんだと、突っ伏した彼から、きっぱりと、のほほんとした響き。 彼女は目も覚めるような鮮やかな微笑を湛えて、彼を見下ろす。
「つまり、なんの根拠のないってことね」
「えーー、違うって。俺が思ったんだから、そうなんだって。本当に無理?どのくらい?」 「そうね。例えるなら、空から降ってくる雨が、甘くて美味しい飴になるくらい無理だと思うわ」 「なんだ。…ソレ、発声が同じなんだから、やれば出来るんじゃねぇ?あ、イントネーションは違うけどさ」
「かなり無茶をすれば、ね。でも、雨が飴になったら困るでしょう?」 「俺は嬉しいけど?甘いモン好きだから」
あぁ、これは一体なんの話をしているの? むしろ会話として成り立っているのだろうか。
というか、少し離れた所に居る私の耳で拾えるくらいの音量だというのに、どうして誰も止めないんだ。 絶対聞こえてるはずなのよ! 誰か突っ込んであげて!この可笑しな会話に!
私は救世主の到来を待つが、神は私を見放しているらしい。
…笑いの神には好かれているかも、だけど。
私のポーカーフェイスが完全に崩れた頃、金髪の彼はこてんっと頭を机に落とした。
「ふぁああ〜………眠…。アイ、時間になったら起こして」
「もうお昼寝の時間?」 「あぁ。だからそのノート、後で見して…」
急にスイッチが切れかけるように、彼はうつらうつらし始めた。 それなりに低かった声も、すっかり子供っぽくまどろんでいる。 彼女はきょとんと丸い大きな瞳に彼を移すと、また天使の微笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「1ページ120円」
私は思わず机と顎を衝突させた。 声の調子と発言が似合わない!似合わなすぎる!
「あれぇ?…値上がり……?」 「時価は動くものだわ」 「じゃあ、しょうがないかー……わかった…おやすみ……」
「おやすみ、シンゴ。…一回で起きなかったら、容赦なく置き去りにするから、安心してね」
にっこり微笑む彼女の隣で、金髪に無垢な顔を隠し彼は眠りに落ちた。
「さーて、これで邪魔者はいなくなったわ」
!?
彼女は、美少女っぷりに輪をかけて通行人を見惚れさすくらいの満面の微笑みを浮かべると、自分の作業に戻った。
何なんだろう……。 彼らの関係は一体なんなの!?
ほのぼのしてるのか、仲が悪いのか、何なんだ!?
いつもいつも、この二人はこんな感じだった。
彼は寝ていることが多いし。彼女の言動はいつもあんなだし。 それなのにいつも一緒に現れて、どこかぶっ飛んじゃってる不可思議な会話をして、彼が眠って潰れ、彼女は我関せずで作業をする。
「ねぇ、ヒロちゃん…」
「うん?」
困惑をそのまま表情に出していることを自覚しながら、私は隣の自称お守り役に向き直る。
ヒロちゃんは相変わらずのポーカーフェイスで、私を見返した。
「あれって……ラブなの?」
「……………………ラブなんじゃない?」
わなわなと震える手で指差した先に視線を走らせて、ヒロちゃんはクールに言った。
いくら考えても分からないまま、つらつらと思考を巡らせていると、もうすぐ空きコマも終わる時間。
もしかして起こさないのではと、ハラハラしながら彼女を見守る。
荷物を鞄に詰めた彼女は、一つ伸びをする。
そしてそのままの勢いで腕を振り下ろして彼の頭を叩いた。
ポコンッと間抜けな音が辺りに響く。
…いきなり、なんてバイオレンスな起こし方を…。どこまでも外見を裏切る女性だ…。
「朝デスヨ。起キテ下サイ。シンゴ君」
なんで機械語!?
抑揚の欠片も無いしっ!!
「…んん…アイ?…おはよ……」 「今はもう太陽が南天をとっくに越えた時間だけれどね」
立ち上がった彼女を寝ぼけ眼で見つめ、彼はふにゃっと破顔した。 つられるように続けて立ち上がる彼を待たずに、彼女はスタスタと歩き出した。 彼は慌てて……じゃなく、慌てることもなく一つ伸びをしてから、のそのそと退室して行った。
そしてまた、図書室には静寂が降りる。
「ねぇ、ヒロちゃん…」 「………………。」 「私、愛って分からない…。」
「………………。」
呆然としている私の問いに、ヒロちゃんは答えなかった。
だって、信じられないんだもん。
あの二人が。
この大学のベストカップルって言われてるなんて……!!!!
「アイ、ほら、お前の好きな紅茶●伝」
「…………はい、さっきのノート」
「サンキュ、助かる」 「人の手ばかり借りていると、自分の手の動かし方を忘れてしまうわよ?」 「いーの。俺ってば天才だから。それに…」 「それに…?」 「俺にはアイがいるからな」 「…………。」 「なぁなぁ、さっきの話。本当に無理?」 「その耳は不良品なのかしら?」 「何だよ、いいと思うんだけどなぁ。……………………結婚」 「……………。」 「あれれー?真っ赤だぞー?」
「…少し、黙りなさい」
----End.----
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