カチ コチ カチ コチ。
自分のしている腕時計の音ばかり気になる。
あたりに響くのはペンを走らせる音と、教授の白熱した声。
今は自分にとって、まーったく興味の無い講義の真っ最中。
そんなに白熱されても、あんま分かんねぇんだけど。
フランスの都市に形成された堅固な文化と、それが文学作品に与えた影響とか、悪いけど俺には興味ない。
でも単位を取らにゃならんから、こうして眠い目を擦りつつここに居る。
カチ コチ カチ コチ。
ふと隣を見ると、友人は生真面目な顔をしてノートを取っている。 よくもまぁ、専攻しない分野の話をここまで熱心に聞けるもんだ。 真面目でいい奴だよ、新島は。
俺は感心して、今度は前に視線を走らせる。
視界に止まったのは、よく俺に鋭いツッコミを入れてる女子。 ボケてるつもりはさらさら無いんだけど、彼女曰く「その認識そのものがボケ」なんだそうだ。
まったく失礼な。
そんな彼女は、こくりこくりと船を漕いでいる。
さっきまであんなに元気だったのに、疲れてんのか?高野は。 (高野「あんたがボケるからツッコまずにいられないんでしょ!?」)
そんな中、俺も眠気に身を任せてしまってもいいんだけど、それは俺の学生の定義に反する。 でも退屈で仕方が無い。
しかも今は昼休み前でもある。 俺の腹の虫がそろそろ鳴き出してもいい頃だ。
こういう時、時間がもっと早く進めばいいのにと思う。
90分なんて、あっという間に……。
…………ん?
ちょっと待てよ…。
90分っていうと短い気がするけど、つまり1時間半ってことだよな……。
90分=1時間半……。
1時間半=1日の16分の1…!?
睡眠時間を約6時間とすると、1時間半=1日の活動時間の12分の1…っ!!
────これって、すごい大損じゃねぇ!?
よく考えてみろ俺!
90分あれば色々できるじゃん!
カップラーメンが20個作れるし、ウルトラマンは20回活躍、男子100m世界最速ランナーは60000m走っちゃうぜ!?
あ、いや、カップラーメンは食べる時間も計算しねぇとか…一個を3分で食うのは胃に悪いし。
ウルトラマンも一回人間に戻って、また変身する手間があるから…。
男子100mの場合、100mを過ぎた時点で失速するか…90分間も全力疾走できたら、そいつはマラソン選手に乗り換えるべきだし…。
ぶつぶつ呟くのが聞こえたのか、隣でビクリと肩を揺らした新島に俺は気がつかなかった。
「はぁ…少し長引いたな…。ユウ、お前は今日も弁当か?」
「………。」 「おい、ユウ?」
「どうしたの?」 「あぁ、高野さん。…コイツが呼んでも反応しないんだよ」 「……新島くん、ちょっと耳塞いでてね」 「?」
「黒須 雄大、浮き世に戻れっ!!」
「ぅえっ!?ぁ、はいぃっ!!」
大声に飛び上がって周りを見回すと、呆れた顔をした高野と、笑いを堪えている新島が見下ろしていた。
どうやら俺が計算に夢中になっている間に講義は終わり、昼休みに突入していたらしい。
ざわざわと浮き足立った喧騒が聞こえ、ほとんどの学生は既に退室していた。
「何やってるんだ、お前は。またお兄さんたちの所へ行くんだろ?」
「きっと先輩たち待ってるわよ。…はぁ、何で私も行かなきゃならないの…」
「また委員会?」
「そう」
荷物をまとめながら和やかに会話する二人に、俺は先ほどの疑問をぶつけることにした。
「なぁ、さっきの講義とカップラーメン20個が同じだなんて、すっげぇ損してねぇー?」
「「は?」」
一方その頃。
彼らを待ちわびている兄・黒須 幸と、その親友・葛城 洋平はというと…。
「……3分間クッキングが、本当に3分でやっていると仮定した場合、20回も見られるなんて詐欺だとは思わないか…?」
「は?」
----End.----
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