空を飛びたかった。
それは、今でも染み付いたまま。




14.空








カタタンッ タタンッ カタタンッ タタンッ



一定のリズムを刻みながら、列車は走る。 心地良いとは言えない振動が乗客の尻を痛めているが、幸い、僕には関係がなかった。
この身体の利点。
旅慣れしている兄さんでも、長時間座っているのは辛いらしい。 客の少ないのを良い事に、僕の目の前で寝転がっている。


「しょうがないなぁ、もう。」


なんて、文句を言ってみる。
でも昨夜遅くまで、文献に埋もれていたのは知っているから、本気で咎めるつもりは更々ないけれど。

一体、何の夢を見ているんだろう?
気持ち良さそうに、口を半開きにしちゃって。

しばらく兄さんを観察していた僕は、ふと窓の外に視線を移した。
今日は、天気が良い。
薄青い空には、綿飴のような白雲が浮かんでいる。 それらが、窓枠の向こうで流れ続けている。気持ちの良い、晴れやかな光景だ。

どこかで、見たような。


「どこだったかな?」


兄さんは、相変わらず寝こけている。 のどかな車内の空気に誘われるまま、ぼんやりと外を眺めることにした。

あぁ、この体に睡眠欲は存在しないけど、それでも気分がフワフワしてきた。

景色に合わせ、流れ始めた思考に身を任せる。


「あ。」


思い出した。
幼い頃、母さんが読んでくれた絵本だ。





お気に入りだったそれには、綺麗な挿絵が描かれていた。 どんな話だったか、あんまり覚えていない。
けれど、やけに鮮やかに残っているシーンがあった。
主人公が、藍色うさぎと一緒に魔法の国へ行って、空を飛んだところ。



兄さんと一緒に、原っぱで遊んでいる時、


「空を飛びたい。」


って言ってみたら、兄さんに笑われたっけ。


「そんなの無理だよ。」


って。

でも、どこか期待を捨て切れてない笑顔だった。


「錬金術で、どうにかなんないかなぁ。」
「さぁ、どうだろうなー。」


大の字になって草原に寝そべったまま、ずっと薄い青色を見上げていた。



あの頃。
錬金術で、不恰好なオモチャしか作れなかった頃。

まだ、僕等は信じていた。
空を飛べる、と。

きっと、兄さんは現実的に。僕は幻想的に。

夢見ていた。











「ふふ…、鳥はすごいや。」


馬鹿みたいに純粋だった昔を思い出して、窓の向こうを横切った鳥影に笑う。
成長して、それがかなり難しいことを知った。
旅に出て、さらに痛感した。


「ねぇ兄さん。」



カタタンッ タタンッ カタタンッ タタンッ


「僕はそれでも信じてる…って言ったら、なんて言う?」


笑うだろうか。叱るだろうか。
厳しい旅路で、何を夢見ているのかと。


「…案外、兄さんも同じだったりして。うん、その可能性の方が高いかも。」


安らかな兄の顔に、何故か一人、納得する。



高い高い空へ、手を伸ばしてみると、透明な壁が僕を阻んでいた。
けれど。
少し腰を浮かせ、窓の桟に手をかけて、そっと持ち上げる。 ギシギシと錆が音を立てつつ、ゆっくりと開いていく。 急に、砂混じりの風が入り込んで来た。


「ほら、こうすれば近づいた。」


誰に言っているのか自分でも分からないけど、なんだか、とても愉快だった。 兄さんの髪が、風で揺れている。砂が顔に当たったのか、少し眉を寄せた。

起こしちゃいけない。

また、静かに窓を閉める。





「空を飛びたい。」


再び穏やかになった兄さんを一瞥して、空に視線を戻す。 清澄な空に、瞳の光が震えた。

この重たい鎧の身体になっても、染み付いたままの。


「空を飛びたい。」


「空を飛びたい。」


「空を飛びたい。」



歌うように、心で繰り返した。 不思議と、苦しくはなかった。






「ねぇ、兄さん。二人でなら、飛べそうな気がするんだ。…変かな?」




カタタンッ タタンッ カタタンッ タタンッ



くすくすと、暖かい笑い声が零れる。 列車は変わらず、一定のリズムを刻み続けていた。


目的地まで、あと少し。









空を飛びたかった。
それは、今でも。



魂に、染み付いたままの。





end.





あとがき
アルの独白劇場。(笑) エドが寝ている時、いろいろ考えているんだろうなって。
空を飛びたいは、私の希望だったりします。 ほら、皆さん一度は、そう思ったことありませんか?
しかもこの時代には、飛行機ないですし!
空を飛びたい=無謀な願い=賢者の石探し、っていうイメージで。


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