7.練成



灯された焔に苛立つのは。
それが、まるで。





「錬金術は、魔法なんかじゃない」

澱んだ空気を逃がすため、窓を開け放ちながら呟いた声。
それは意外にも夜風に紛れず、不可解な明瞭さを持って響いた。

「鋼の?」

怪訝そうに眉を顰めた彼の、漆黒の髪が宵闇に揺れている。 静まり返った執務室のソファから、ロイは気怠げに身を起こした。
その、暗がりに浮き上がるような白い肌が、夜風に晒されるのを思わずじっと見つめる。 その対比の鮮やかさは、不覚にも常にこちらの目を奪ってしまう。

「なぁ、大佐。アンタはただの錬金術師だよな?」
「“ただの”とは失礼な。これでも名は通っているぞ」
「そうじゃない」
「……わかっているさ」

わざと恍けてみせた彼は、あっさりと肯定する。
自然に眉間に皺が寄るのが、自分でもわかった。

「何を、当たり前のことを」

つまらなそうに憮然とこちらを見た彼に背を向け、窓際に寄りかかって空を仰いだ。

白々しく月の輝く夜だった。
司令部の周囲には住宅が少ないせいか、灯っている明かりも少ない。
無音がやたらと耳につく。

「錬金術は魔法じゃない。科学で不可能とされるものは、実現できない」
「鋼の。何が言いたいのか、さっぱり分からんのだが」

背後で衣擦れの音が僅かに立った。 ロイがその冷たい印象の肌を隠しているのだろう。
それから彼の視線がこちらに向けられた。振り向かなくてもわかる。
大人のくせに真っ直ぐで、裏の無い視線。
刹那に吹き込んだ風が、音も無くとカーテンを騒がせた。


「アンタに付けられた焔が消えない」


鋼の手で己の胸に触れる。
伝わるはずの無い熱に侵されるように。
右手が軋んだ。

「消えないんだ」

まるで魔法のように───。

「アンタは俺の中に何を練成した?」

苛立ってしまうのは。
とっくに分かりきっているから。
自分の中の練成物と、その術者を。

例えば、この後の行動すらも。


軽く目を見開いて立ちすくんでいた彼は、浮揚するような優美な笑みを湛え、そして囁くのだ。
「エドワード」

甘く、苦い、その声で。


卑怯だ。






灯された焔に苛立つのは。
それが、まるで魔法のようで。

決して、逆らうことができないから。






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あとがき

…エドロイ。
きっと初めてまともに書いたエドロイです。(笑)
ロイさんが魔性の男に…!(爆)
2005.3.23 祭屋鳴子