灯された焔に苛立つのは。
それが、まるで。
「錬金術は、魔法なんかじゃない」
澱んだ空気を逃がすため、窓を開け放ちながら呟いた声。
それは意外にも夜風に紛れず、不可解な明瞭さを持って響いた。
「鋼の?」
怪訝そうに眉を顰めた彼の、漆黒の髪が宵闇に揺れている。
静まり返った執務室のソファから、ロイは気怠げに身を起こした。
その、暗がりに浮き上がるような白い肌が、夜風に晒されるのを思わずじっと見つめる。
その対比の鮮やかさは、不覚にも常にこちらの目を奪ってしまう。
「なぁ、大佐。アンタはただの錬金術師だよな?」
「“ただの”とは失礼な。これでも名は通っているぞ」
「そうじゃない」
「……わかっているさ」
わざと恍けてみせた彼は、あっさりと肯定する。
自然に眉間に皺が寄るのが、自分でもわかった。
「何を、当たり前のことを」
つまらなそうに憮然とこちらを見た彼に背を向け、窓際に寄りかかって空を仰いだ。
白々しく月の輝く夜だった。
司令部の周囲には住宅が少ないせいか、灯っている明かりも少ない。
無音がやたらと耳につく。
「錬金術は魔法じゃない。科学で不可能とされるものは、実現できない」
「鋼の。何が言いたいのか、さっぱり分からんのだが」
背後で衣擦れの音が僅かに立った。
ロイがその冷たい印象の肌を隠しているのだろう。
それから彼の視線がこちらに向けられた。振り向かなくてもわかる。
大人のくせに真っ直ぐで、裏の無い視線。
刹那に吹き込んだ風が、音も無くとカーテンを騒がせた。
「アンタに付けられた焔が消えない」
鋼の手で己の胸に触れる。
伝わるはずの無い熱に侵されるように。
右手が軋んだ。
「消えないんだ」
まるで魔法のように───。
「アンタは俺の中に何を練成した?」
苛立ってしまうのは。
とっくに分かりきっているから。
自分の中の練成物と、その術者を。
例えば、この後の行動すらも。
軽く目を見開いて立ちすくんでいた彼は、浮揚するような優美な笑みを湛え、そして囁くのだ。
「エドワード」
甘く、苦い、その声で。
卑怯だ。
灯された焔に苛立つのは。
それが、まるで魔法のようで。
決して、逆らうことができないから。
|