04.お茶 今日も今日とて、多忙な東方司令部。 その一室で、今や日常茶飯事な問答が繰り返されていた。 「さぁ、仕事してください、大佐。」 「どうして君は、いつも私の居所が分かるのかね?」 「…。どうして大佐は、いつも懲りもせず脱走なさるのですか?」 情けない面で机に突っ伏す──正確には括り付けられた──ロイを、眉一つ動かさず見下ろす。 もちろん、愛銃を手に。 標準は…、言うまでもない。 「質問に答えたまえ。」 「少しばかり、発信機を。」 「何!?」 「冗談です。」 「…。」 背中に手を延ばすので、間髪入れずスッパリと断ち切ってやった。 さらに、 「あぁ、大佐がお逃げになられるのは、学習能力が足りないからなのですね。」 などと付け加えてやる。 流石のロイも、グサリと来たらしい。 「さぁ、片付けてください。」 今にも崩れ落ちそうなくらいの、書類タワーを指し示す。 今度こそ、ロイは机に沈んだのだった。 ロイが、渋々ペンを持って数十分後。 コンコンと、少し粗雑なノックが響いた。 「失礼しまーす。大佐、追加っス。」 顔を出したのは、ハボックだった。大量の書類を抱えている。 「断る!」 「無理なコト言わんで下さい。」 臆面もなく切り捨てるロイに、呆れた顔をする。 彼は容赦なく、書類の束を机の山に積み重ねた。 「君達は、私を殺す気か!?」 「こうなるのがお嫌でしたら、仕事サボらないで下さい。」 「いい加減、学習すればいいんスよ。」 上司を前に、容赦無く畳み掛ける二人。 しかし、その言い分は、どこまでも正しい。 ロイは泣く泣く、ペンを動かすしかなくなった。 やっと、やる気になった上司に溜息をついていると、暢気な声がかけられた。 「中尉。俺達は、そろそろ休憩しませんか?」 「!」 「えぇ。そうしたいのは、山々なんだけど。」 「な…!私が仕事に勤しんでいるというのに、君達だけ休憩するというのかね!?」 ちらりと視線を送ると、案の定、ロイがいきり立っている。 ハボックが、ツカツカと歩み出て屈み、顔を近づける。 「アンタは、さっきまでサボってたっしょ?」 「ぐ…っ。」 「でも、大佐お一人にさせる訳には…。」 また逃げられたら、堪らない。 残業が決定してしまう。 口元に手を当てて考え始めた、まさにその時。 コンコン。 今度も、少し投げやりなノックが聞こえた。 ロイが言葉短く返答すると、入ってきたのはブレダだった。 もちろん、書類のオマケつき。 「大佐ぁ〜、この書類にサインをお願…」 「ブレダ、いーい所に来たっ!」 ニヤッと良からぬ笑みを浮かべるハボック。 ブレダの腕を引っ張って、執務机の横に立たせる。 あぁ、なんとなく、彼の企みに予想がつくわ。 「俺と中尉、今から休憩だから。大佐のお守りヨロシク!」 「え?え?」 やっぱり。 「じゃ、後は任せた!行きましょー、中尉♪」 「ちょっ、お、おい待てよ!ハボック!?俺、まだ仕事が…!」 パタン。 戸惑うブレダの声は、無情にもドアで遮断された。 少し、悪いことしたかしら。 「さーてと。せっかくなんで、お茶でもします?」 悪びれた様子のない彼に、「そうね。」と言葉を返した。 こうして、優雅とは決して言えないティータイムと相成ったのだった。 「今日は、手こずってましたねー。」 軍部の食堂で、安上がりな休憩をとる事にした。 ハボックがティーカップを片手に、飄々とした笑みを浮かべている。 私は、また溜息を吐きたくなる。 「いい加減になさって欲しいわ。」 「あっはっは、今じゃ東方司令部の名物っスよ。」 大佐と私の追い掛けっこは、すでに日課になってしまっている。 「こんなところ、上の方達にはとても見せられないわね。」 「ご苦労様です。」 おどけてみせる彼は、完全に面白がっているらしい。 ますます溜息を吐きたくなりながら、私はカップを手に取った。 私は紅茶、彼はコーヒー。 「二人してこんな事言ってるなんて、大佐が知ったら、どんな顔しますかね?」 「そんなの、面白い顔をするに決まっているじゃない。」 大佐のしかめ面を想像して、二人で笑う。 私は、彼と過ごす束の間の休息を、実は結構気に入っている。 彼の前では、上司への文句も軽く口に出来るし。 平和な時間というのは、駆け足で去ってしまうもの。 カップの中身が、無くなりかけていた。 「どうして中尉は、あの人の下にいるんです?」 唐突だった。 ハボックの雰囲気が、僅かに変わった。 意外に真摯に見つめるものだから、私は少し戸惑ってしまう。 「…そうしたい、と思ったから。それだけよ。 」 言葉少ない答えでも、彼は満足したらしく、顔を綻ばせた。 「そう言う少尉こそ。」 「俺っスか?」 こくりと頷く。 以前から、少しだけ気になっていた。 あの人の、盾となり、支えとなるのが、私達の使命。 私の軍人生は、あの人と共にあって。 その下で働く事は、もう当然のこと。 きっと、これからも。 しかし、ハボックが私と同じとは限らない。 それを、確かめてみたかった。 「んー…、成り行きっスかね。」 「…そう。」 あっけらかんと発された言葉に、軽く落胆する。 彼には、同志であって欲しかった。 私は、女、だから。 悔しいけれど。 女性崇拝者の気があるロイは、いざという時、私を盾にしてはくれないだろう。 歯痒い思いも、実際、何度か味わっている。 どんなに望もうと説得しようと、ロイのエゴを曲げる事はできなかった。 だから、信頼できる男性にも、彼を支えて欲しかった。 ヒューズもいるが、彼は中央にいる。 ロイが必要としているのは、もっと身近な───。 私は、飲み終わってしまったカップをそっと下ろした。 そろそろ、仕事に戻らなくては。 「でも。」 彼は、まだカップを手にしたまま言葉を繋いだ。 さっきの続きだとは、すぐに思い至らなくて、訝しげに見返す。 ハボックの目が私を捉らえると、口元が得意げに弧を描いた。 「俺、あの人に一生ついてく、って決めちまいましたから。」 「!」 驚いている私に向けられたのは、悪戯が成功した子供のような顔。 「右腕がホークアイ中尉で、左腕がヒューズ中佐なら…。俺は、右足にでも、ね。」 照れ隠しなのか軽口を叩く彼に、自然と笑みが零れる。 「それなら、大佐は立派な手足をお持ちだわ。…そろそろ戻りましょう。」 「そうっスね。ブレダを助けに行かないと。」 席を立って、食堂を出る。 楽しいティータイムは終わり。 私達は、執務室へ真っ直ぐに踏み出した。 書類の山が、減っていることを祈りながら。 end. あとがき 無能な上司を持つ、有能な部下2人…。(笑) この2人、大好きなんですよー。 共同戦線を張ってるっていう感じを書きたかったんです。 戦友、みたいな? よって、この2人はくっついてません。あくまで、友情ってことで。 妙に仲良しさんなのは、私の趣味です!(キッパリ) 仲良し軍部BANZAI!!(笑) Back |