03.悪い その日、エドの様子が少し変だった。 朝食もいつもより食べなかったし、なんだか動きも鈍い。 「兄さんどうかしたの?なんか、いつもと違うよ。」 「なんでもねぇよ。それよりアル、買い物任せたからな。」 「あ、うん。」 「俺は、司令部の資料室に居っから。」 「…わかった。」 そう言うと、宿を出ていってしまった。 気のせいだったのだろうか。 それとも、何か悩み事? どっちにしろ、エドは中々白状してくれそうにない。 帰って来たら、もう少し聞いてみようか。 どこか引っ掛かったままのような状態のまま、アルはとりあえず、任された仕事を片付けることにした。 買い物を済ませて宿に戻った頃には、アルは今朝の事を忘れていた。 「これで全部、っと。」 買い揃えたものを整理し、図書館にでも行こうかと考えている時だった。 「お客さーん、いるかい?」 ノックの音と共に、宿の女将さんの声。 首を傾げながらドアを開ける。 「どうかしたんですか?」 「電話だよ。東方司令部から。」 「え。」 その瞬間、今朝のエドの様子を思いだして、アルは階下まで駆け降りる。 受話器を上げると、耳慣れた声。 ホークアイ中尉だった。 「…エド君が、熱を出して倒れてしまったの。悪いけど、迎えに来てくれる?」 ウィンリィのスパナが、頭に当たった時のような衝撃だった。 すぐに行きますと告げて切り、部屋の中もそのままに、鍵を閉めて飛び出した。 「何が、『何でもない』んだよ、バカ兄ー!」 路上の人々がぎょっとしているが、今のアルには構っている余裕などなかった。 「まったく、どうして君はそう、意地っ張りなのかね。」 「うるせー。」 腰に手を当てて覗き込むロイに、熱で頬を赤くしているエドは悪態をついた。 こんな時すら、生意気は変わらないらしい。 「だめよ、エドワード君。大人しくしていなきゃ。」 濡らしたタオルを手にして、ホークアイが入ってくる。 エドは平気そうな顔をしているが、相当辛いはずだ。 声が掠れて、呼吸も荒い。 「連絡は?」 「先程。もうすぐ来ると思います」 「そうか。鋼の、迎えが来るまで大人しくしておけ。」 「へいへい、アンタも大人しく仕事しろよ」 「ぐ……っ!」 あわよくばサボろうとしていたのか。ロイにホークアイの視線も刺さる。 そこへ、コンコンと礼儀正しいノックが響いた。 ロイが許可を出すと、転がり込むように入って来たのはアルだった。 「兄さん!」 「アルか…。」 「早かったな。」 息が切れる、ということはないはずだが、慌てて走って来たのはわかったらしい。 ロイは労い、ホークアイは状況説明をした。 熱は高いが、ただの風邪らしい。 胸を撫で下ろした。 アルはベッドに沈んでいるエドを見て、急に腹立たしい気分になる。 「ごめんな、アル…。」 自分を見上げて、苦笑するエド。 (なんだよ、それ…。) 「うん、兄さんが悪い!」 「へ!?」 予想外の言葉に、皆、目を丸くした。 普段のアルなら心配はすれど、責めはしないのに。 エド自身、弟の常ならぬ態度に驚いていた。 (僕だってびっくりさ。) でも、発してしまったものは止まらない。 「あ、その、ご、ごめん。」 「本当だよ!今朝、僕が聞いた時、何でもないって言ったよね。でも、あの時もう熱あったんだろ!?」 「それは…。」 「何で黙ってるのさ!兄さんの意地っ張り!それで倒れてたら意味ないだろ!?」 「す、すみません。」 「兄さんのバカ!大バカ!」 「あ、兄に向かって、バカバカ言うな!」 呆然とする大人の前で、エドはアルの勢いに完全に飲まれていた。 アルは言いたいことを言い終わって、くるりと大人たちを振り返る。 「お忙しいところ、すみませんでした。」 頭を下げられて、慌てて我に返る。 「い、いえ気にしないで。」 「サボる理由ができて、ちょうど良かったくらいだよ。」 (本音が零れてますよ、大佐…。) ホークアイは、心中で冷ややかなツッコミを入れた。 背負って帰ろうとした時、ちょうど帰って来たハボックをロイが捕まえ、二人を車で送ってくれる事になった。 余程辛かったのか、乗り込んですぐにエドは寝てしまった。 眉間に皺の寄っているエドを見下ろす。 「気付かなかった…。」 汗で張り付く金髪を、そっと払ってやる。 小さな独り言は、ハボックの耳に入ってしまったらしく、視線を流した気配がした。 「大将は、そういう所あるからなー。」 ハボックから、冗談めかした励まし。 それでもアルは、膝上のエドばかり見つめる。 「わからなかったんです、……わからないんです。こうして、兄さんに触れても。」 熱が伝わらない。 エドの額に当てられた鋼は、何も語ってはくれない。 「しょうがないだろ…、そりゃ。それに俺達だって、倒れるまで気付かなかったんだ。気にすんな。」 ハボックは、複雑な顔でハンドルを握っている。 それでも納得できないアルは、黙り込んだ。 サラサラと、膝上の金糸を梳き続ける。 まるで懺悔だった。 腹立たしい。 悔しい。 情けない。 …あー、もう。 兄さんが、バカだからいけないんだ。 「アルフォンス?」 「ハボック少尉!」 かばっと頭を上げたアルの迫力に、面食らった。 「こうなったら、ずっと兄さんを見張ってるしかないですよねっ!?」 「そ、そうだな。」 「それなら、僕は。」 「?」 エドワードは、なかなか弱音なんて吐かない。 アルフォンスは五感の内、聴覚と視覚しか持っていない。 それなら。 「聴覚と視覚だけで、解ってみせます。」 重い決意を帯びた言葉は、静かにそっと空を占めた。 そして間の抜けた顔をしていたハボックの口角が、不意に持ち上がる。 ついには、肩を震わし始めた。 「ククッ、うん、お前らやっぱ兄弟だわ。それでいいんじゃねー?…頑張れ。」 「あ…、はい!」 そんなやり取りをしている内に、宿へ辿り着いていた。 眠ったままのエドを背負い、ハボックに礼を言う。 部屋まで運ぼうかという申し出は、丁重に断った。 ハボックも忙しい身であることを、理解していたから。 古い宿屋の床を踏み鳴らしながら、ゆっくりと歩く。 階段にさしかかって、エドが呻いた。 (起こしちゃった!?) 「ん…アル……。」 エドが赤い頬を擦り寄せている。 どうやら、鋼の鎧が冷たくて気持ちが良いらしい。 猫のように縋るエドを抱え直す。 「鎧の身体も、良い所あるかも。」 つい、無意識のうちに半分冗談な本音が零れていた。 end. 一度は描きたい風邪話。(笑) お題からちょっと外れた気がしますが… ようするに「兄さんが悪い!」ってアルに言わせたかっただけです(うわ) Back |