02.途中




「やぁ、鋼の!相変わらず豆サイズだな。」
「だぁーれが、顕微鏡じゃなきゃ見えねぇ程のミジンコドチビだってー!?」

東方司令部の昼下がり。
定期報告に現れたエルリック兄弟に、ここの司令官が絡んでいた。
今や恒例行事となってしまったやりとりに、周囲は苦笑するばかり。 もっと穏やかなスキンシップの仕方があるだろう、とロイを見る。 彼は、実に楽しそうだ。
確かに、エドの反応がいちいち面白いのも、悪い。 つい、からかいたくなるのも、当然と言えば当然。

やっと騒ぎが落ち着きかけた頃、ぽつりと爆弾を落としたのは、ハボックだった。
「ところで、大将って実際、身長何センチなんだ?」


ピシィ!!


空気が固まった。
エドが固まった。


「だ、誰が豆粒………ムゴッ!?」
「そういえば、知らないな。」

また反応しかけたエドの口を塞いで、ロイは片手を顎にやり、思案するように言う。 その顔は、ニヤリと悪どい顔。いい獲物を見つけた獣のようだ。
エドは餌を撒いたハボックを睨みながら、邪魔な手に噛み付こうとする。 それは流石にヤバイだろうと、アルが慌てて止めに入った。

「で?どうなんだ。」
「ほ、ほら!僕たち旅をしてるから!身長なんて測ることないんですよ!だから…っ」

必死に、フォローに回るアル。身長に、只ならぬコンプレックスを持つエドのこと。 ここで何とかしなければ、後々、機嫌の悪い兄の世話をする破目になるのは彼である。

「では、以前測った時は?」

それで構わないから、とニコニコといい笑顔で迫る。
完全に悪乗りした軍人2人に追い詰められ、アルに羽交い絞めにされたままのエド。
まるで、尋問でも受けている気分だ。

「さぁ、鋼の。」
「大将。」
「ひゃ…」
「ん?」
「165…。」

か細い声が、ぼそりと。
すると、ジトッと突き刺さる視線。

数秒、無言の攻防。






「……全長で。」
「やはりアンテナ、厚底込みか。」
「うっわ、サバ読むなよー、お前。」

エド敗北。
したり顔なロイも腹立たしいが、悪気のないハボックもなんかムカツク。

「じゃ、測定といきましょうかね。確か、医務室に身長計あったっスよね?」
「ハァ!?」
「ふむ。では、連行するぞ。そっちを押さえておけ。」
「え?お、おい!離せ!」
「イエッサー♪」
「ちょっ、離せ!このっ、大人げねぇぞー!!くそ、こうなったら…!」
「わっ、兄さん!こんな所で錬金術は…!」


パンッ!


「お楽しみのところ申し訳ありませんが、休憩時間は終りましたよ?」

エドの手が合わせられるよりも早く、愛銃をぶっ放したホークアイ。 彼女は二つ目の武器、クールな態度で言い放った。

もっと早く助けてくれ!

そうツッコミながらも、今のエドには女神様に思えた。

のだが…。

「大佐、仕事してください。」
「もう少し、延長というわけには…。」
「いきません。」

仕方がない、また銃で撃たれては敵わないと、ぶつくさ文句を言いながら渋々デスクに戻って行った。 それをしっかり見届け、ホークアイがくるりとこちらを向く。

「た、助かったー…。」
「ハボック少尉、早く行きなさい。」
「ハイハイ、よっこらせっと。」
「うおぅ!?」

ハボックは、エドをひょいと小脇に抱えた。それに慌てたのは、エドとアル。

「中尉?」
「どうやら、このままでは仕事が進まないようなので。」

そう言って、ちらりと視線を送る。そこには大人気ない様子のロイがいる訳で…。

「後で報告してください。」

あぁ、女神は、救いの神ではなかった。

「了解しました。」
「やめろ!降ろせ!た、助けろアルー!!」

ハボックは左手でエドを抱えたまま、余っている方で器用に敬礼する。
エドは、最後の頼みの綱に手を延ばす。 愛する弟は何だかんだ言っても、最終的には必ず味方だ。
しかしそんな期待も虚しく、アルは力無く首を降った。

「ゴメン、兄さん。」

(助けたくない訳じゃない、けれど。)



(命は惜しいんだよ、兄さん!!)


ジャキッ。

ホークアイの銃がアルの頭部に向けられてるのを見て、ついに抵抗できなくなったエドは、そのまま荷物よろしく医務室に運ばれるのだった。
















「…伸びてる。ぃよっしゃー!」
「おぉ、良かったなー。」

身長計のメモリを、エドは嬉しそうに見上げている。 ハボックが、いつも通り飄々と声をかけた。

「しっかし、ひゃく…」
「わぁーーーっ!」
「っ!急に大声出すなよ。」

耳を押さえて見下ろすと、エドが喰ってかかる。

「わざわざ口に出すな!なんかムカツク!」
「わかった、わかった。」

ハボックが、降参の印に両手を上げた。
エドはどさりとベッドの縁に腰掛けて、脱いだ靴を履き直す。 その様子を眺めていた彼は、頭をぽりぽりと掻いた。 ちなみに医務室は禁煙なので、口元に彼のトレードマークの姿は無い。

「まだまだ成長期なんだから、そんなに気にしなくてもいいんじゃないか?」
「そう思ってたら、アルに抜かされたんだよ…。」
「………生身の時に?」
「そーだよっ!悪いか!!」

逆ギレするエドに苦笑して、肩を竦めた。

「くっそー、さっさとデカくなって大佐を抜いてやるー!」

わずかに、先程のことを根に持っている。






「途中ってのは、そんなに嫌なモンか?」
「え?」

まるで独り言のように、落とされた言葉を聞き咎める。 きょとんとするエドに息をつき、ハボックは向かい合うようにして椅子に腰掛けた。

「あー、お前等はもうちょっと、ゆっくりした方がいいってコト。」
「どーゆー意味?」
「焦る気持ちもわかるけどさ、肩に力、入り過ぎなんだよ。」

ぽんっと、エドより一回り大きいハボックの手が、頭を軽く叩く。
普段どおり食えない顔だけれど、声のトーンが真剣味を帯びているので。 エドは、『子供扱いするな』と払い除けることが出来なかった。

「余計なお世話だよ。それに、焦るなって言われたって、無理。」

賢者の石を手に入れたい。
元の体に戻りたい。
その為なら可能な限り、どんな代価だって厭いはしない。

ハボックだって、知っているはずだ。
この決意が揺らぎようがない事も。この悲願を達成するには、生半可ではいられない事も。
それでも、彼は言葉を続けた。

「お前、せっかちな上に、完璧主義者だろ?」

エドの瞼が、ぴくりと反応する。

「…んなコト、ねぇよ。」
「んなコトある。…アルフォンスが言ってたんだぜ?」

返す言葉が出てこなかった。弟を出されてしまっては、太刀打ち出来ない。

「焦って結果ばっか考えてると、見つかるモンも見つからないぞ。」

どこか遠くを見るような、その横顔を見つめる。
これがロイだったら、軽く聞き流せる気がするのに。

「だから、なんというか、途中も悪いもんじゃないっつーか、あーーー…何言いたいのか分かんなくなってきた。」

ハボックは、ガシガシと頭を掻き交ぜた。その仕種に、思わず笑った。

「いや、分かるよ。なんとなく。」
「そうか?」

自分で納得できないらしく、腑に落ちない顔に向かい、ストンと理解した天才少年は、ニヤリと口角を持ち上げた。 吊り目がちな大きな瞳は、楽しそうにハボックを映している。

「心配してくれてんだ?」

ちょっと驚いた風に、ハボックは目を丸くした。それから軽く、溜息を吐く。

「アタリマエ。」








エドは立ち上がり、履き終えた靴の感触を確かめるため、片足で床を叩く。 ハボックがその様をぼんやり見ているので、背を向けたまま、振り向いた。

「ありがと、少尉。」

向日葵のような、大輪の花が咲くかのごとく。
頬が、照れ臭さにほんのり染まっていた。

「でも、せっかちなのは俺の性分だから。身長だって、すぐに少尉にも追い付いてやるから、覚悟しとけ!」

指を突き付けて宣誓布告し、踵を返す。 後ろで、ハボックが肩を揺らしているのが分かる。 そしてドアノブに手をかけた時、エドは不意に短い声を上げた。

「あ、そうそう、少尉。」
「ん?」
「俺の“途中経過”、皆に教えるなよ。」

もちろん、アルにも。

「…了解。」



*   *   *   *   *




エドが退室した後、ハボックは椅子にのけ反っていた。

参った。

予想外に跳ねてしまった鼓動を、確かめる。 どうやら不意打ちの笑顔は、心臓に悪いらしい。

「わかってやってんだったら、タチ悪ぃな。」

くつくつと肩を竦めて笑う。
旅の路上で、成長途中な少年の、夢の途中の無事を祈って。



















「ハボック!」
「大佐、書類は片付けたんスか?」

資料片手に廊下を歩いていたら、ロイにばったり出くわした。
はて、こんな短時間で終わるような、書類の山だっただろうか。

「抜け出して来た!!」

親指を突き立てて、眩しいくらいの爽やかスマイル。
ホークアイの青筋の数を想像して、ハボックはぞっとする。 何時になったらこの上司は、大人しく仕事をしてくれるのだろう。

「さて、ハボック少尉。報告してもらおう。」
「…何をっスか?」
「鋼のの身長だ!」

その興味に光る瞳は、まるで子供ようだ。 からかうネタが増えて、嬉しいに違いない。
煙草を咥え直して、ハボックは勿体付けるように間をとった。





「秘密っス。」
「は?」
「だから、“秘密”です。」

あっけらかんと言う。そして、ロイが異議を唱えるよりも、早く。

「じゃ俺、仕事戻ります。大佐も中尉に撃たれない内に、戻った方がいいっスよ〜。」
「お、おい!ハボック!待てっ!」

駆け足で逃げ出した。
後方で何やら怒声が響いているが、無視を決め込んだ。

「これが、惚れた弱み、ってヤツか?」

自嘲気味な台詞とは裏腹に、声が愉快そうに弾んでいた。




旅の路上で、成長途中な少年に、恋の過程も教えてやりたくなってしまった。


















それは既に叶っていたなんて笑える話、今のハボックには、知る由もないのだけれど。







end.




なんじゃこりゃ。(爆)
えー、お決まりの身長ネタ。ギャグだか、ホノボノだか、わからん出来に。(笑)
さりげな〜く、ハボエドですし。(全然さりげなくない)
おかしいなぁ。初めはノーマルな話だったのに…。
これをハボエド←ロイと主張していいんでしょうかね?(笑)
いろいろ不満足ですが、軽く水に流してやってくださいませ。


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