冬の寒さが遠のいて小春日和だったその日。
東方司令部は、朝からどことなく空気が賑やかでそわそわと落ち着かなかった。
普段は殺風景なのに雑然とした印象を与えるという妙な場所だが、今日はなんだか穏やかで暖かい気がした。
資料を片手に廊下を進むハボックの耳には、「よかったらどうぞ」なんていう声とともに歓声が聞こえてくる。
なんとなく和やかな気持ちになって、ハボックは煙草を咥えたまま口角を持ち上げる。
別に自分はどこかの誰かさんのように贈り物をたくさん貰える訳ではないが、この穏やかな雰囲気は好きだ。
執務室の前まで来ると、ホークアイ中尉が溜息をついて肩を回していた。
いつもきびきびしている彼女にしては珍しい。
これもバレンタインデーの魔法だろうか。
「おはようございます。どうしたんスか?」
「おはよう、ハボック少尉。今日は大漁なのよ」
「あぁ」
柔らかな苦笑を浮かべて後ろの扉を指し示すホークアイに、ハボックはぽんっと手を打つ。
覚悟をするように、と微笑むホークアイに敬礼をして、ハボックは扉をノックした。
部屋に入ると、そこには予想通りの色とりどりなプレゼントの小山があって、これまた予想通りに上司が少し上機嫌で執務を行っていた。
我らが上司は、女性にたいそうモテる。
おそらくあの小山の中には自分とは違って、菓子類だけでなく香水やアクセサリーなど高価な品物が入った箱もあるのだろう。
「大佐、これ明日までにお願いします。」
「あぁ、そこに置いておいてくれ」
珍しく素直である。しかもさらさらとサインをする手には澱みが無い。
これもバレンタインデーの魔法なのだろう。
ほんのり香る甘い香りに、ロイの口元が緩んでいる。
まるで子供のような上機嫌さに忍び笑いをしつつ、書類の山を付け足した。
その拍子に、かさり、と音が鳴る。
「ん?何だそれは」
「あー…これはですね…」
「なんだお前も意外と隅に置けないということか?」
ロイの言うように贈り主が可愛い女の子…いやこの際、可愛くなくてもいい…とにかく女性だったなら、どんなに嬉しいだろう。
手に提げていた紙袋を軽く掲げてみせたハボックは、頬を掻く。
「…………俺の隊の奴らっスよ」
「…………お前の隊は、肉体労働派の男どもしかいないはずだが…?」
「…みなまで言わんで下さい」
がっくりと肩を落とすハボックに、堪らずロイが吹き出した。
「慕われてるな、ハボック隊長」
腹を抱えながら目の端に涙まで浮かべて笑っているロイを憮然と見返していると、彼はふと思い立ったようにうず高く積まれたプレゼントの小山を指差した。
「一つ、やろうか。好きなのを取るといい」
「うっわ、可愛い部下の傷口に塩を塗るんですか」
にやりと意地悪く笑んだロイにわざと眉を寄せてみせ、視線を素直に従わせる。
と。
ぽん、と、一つだけ。
何の飾り気も無い、やけにシンプルな紙袋が目に留まった。
手の込んだ包みが多い中で、それは妙に場違な色彩だった。 奇妙である。
ロイに贈り物をするような女性はお洒落で洗練された人が多い。
いや、ロイの表向きのイメージに合わせて、懸命に飾っている女性が多いと言うべきか。
ともかくその紙袋は、とてもロイ宛のものとは思えなかった。
──もしかして…………?
ふっと、ある考えが脳裏を閃く。
紙袋を手に取ってまじまじと見つめ、それからロイを振り返ると書類をパラパラ捲っている彼の耳は少し赤みが差していた。
閃きは、確信へと変わる。
「大佐。俺、コレがいいっス」
「そうか。持って行っていいぞ」
こちらをちらっと確認して、素っ気無く視線を再び書面に落とす彼に、ハボックは緩む口元を止められない。
舞い上がる気分に伴って、ほんの少し悪戯心が顔を出す。
「それにしても、大佐へのプレゼントしては、やけに質素ですよね〜。…ねぇ、大佐?」
「そういう女性も、たまにはいるのだよ。…………何をにやついている?そういう態度なら、ソレはやらんぞ」
はぐらかすロイに必死で笑いを堪えていたハボックは、ひらひらと手を振って、
「いえいえ、有り難く頂戴いたします」
言いながら、ハボックの顔には分かりやすい満面の笑みが浮かんでいた。
悔しそうにそっぽを向いたロイの後ろで、ハボックは更に笑みを深める。
──これだから、アンタの狗でいるのは辞められない。
「…………大佐?なんでチョコが焦げてるんですか?」
「…………火加減が…」
「…………」
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